Cause we are the ...

La ricerca della morale che non dipende da una cosa della trascendenza...
<< October 2017 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>
 
SPONSORED LINKS
RECENT COMMENT
  • そして少佐はネットの海に消えた…|必然に抗う主体の往還二廻向
    よはん (09/09)
  • そして少佐はネットの海に消えた…|必然に抗う主体の往還二廻向
    よはん (09/09)
  • そして少佐はネットの海に消えた…|必然に抗う主体の往還二廻向
    よはん (09/09)
  • そして少佐はネットの海に消えた…|必然に抗う主体の往還二廻向
    宇根 康裕 (09/07)
  • 人は低きに流れ、そしてベヒモスに飲まれる?
    よはん (08/25)
  • 人は低きに流れ、そしてベヒモスに飲まれる?
    宇根 康裕 (08/20)
  • 人は低きに流れ、そしてベヒモスに飲まれる?
    宇根 康裕 (07/12)
  • 人は低きに流れ、そしてベヒモスに飲まれる?
    よはん (06/19)
  • 人は低きに流れ、そしてベヒモスに飲まれる?
    よはん (06/19)
  • 相変わらずの田幸和歌子
    よはん (05/28)
epigraph
  • 「低さ」と名づけられているものはすべて、重力による現象だ。(S.Weil)
  • 水は低きに流れ、人の心もまた、低きに流れる。(H.Kuze)
  • ハハハッ、アステロイドベルトまで行った人間が戻ってくるっていうのはな、人間がまだ地球の重力に引かれて飛べないって証拠だろう?(H.Karn)
Hanabi
iPod
logpi
MOBILE
qrcode
PROFILE
無料ブログ作成サービス JUGEM
 
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

- | | - | - | pookmark | |
君が代伴奏拒否の公民的価値
 今年の重判を読んだ。先頃話題になった「君が代ピアノ伴奏職務命令拒否事件」(最判H.19.2.27)の評釈が載っている(12頁,評者は淺野博宣神戸大教授)。イデオロギー的にきなくさい事件であり、じじつ去年あたりはネット界隈でもヒステリックな論調のコメントをたびたび見かけた。僕は基本的にそういうのを好かないので、いままでこの話題に触れることを避けていたが、そろそろ丁度いい頃合いだと思うので、これについてつらつら書いてみようと思う。
平成19年度重要判例解説平成19年度重要判例解説 by G-Tools


続きを読む >>
L'histoire et Étude|歴史・社会 | 00:28 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark | |
基本書
評価:
ロラン・バルト
みすず書房
¥ 2,730
(1979-11)
あてずっぽうにものを考えるのでなく、方法論的にきちんとものを考えるためには訓練が必要だ。その辺の事情は、たとえば弓道できちんと的に当てられるようになるには、射法八節に習熟し、身につける訓練を経なければならないのと一緒のこと。僕たちは何なのか、自分自身とは何なのかと、そういうことどもを考えるにしても事情は同じである。訓練が要るのだ。思考において、基本となる書物、基本書が必要とされる所以である。

しかし、射法八節ですら変遷の歴史がある(→Wikipedia記事参照)ように、何を基本書とするのかは、分野によっては無論のこと、時代によっても違ってくる。だから、その昔じぶんが基本書とした本がとっくに時代遅れだと言われることは、ある意味避けられないことだ。しかし、自分がかつてその本を思考の訓練に使用したという事実は覆すことができない。そして、その意味で「時代遅れの」基本書は、時を経ても確実に「古びない」部分を残し続けるだろう。その後の時代の流れなど、参考図書でフォローアップすればいいだけの話なのだ。平野龍一の『刑法』を使って司法試験を乗り切ることだって、現在でも十分可能なこと……のはずである。

エクリチュールの零(ゼロ)度 (ちくま学芸文庫)エクリチュールの零(ゼロ)度 (ちくま学芸文庫)
ロラン バルト Roland Barthes 森本 和夫

筑摩書房 1999-10
売り上げランキング : 52786

Amazonで詳しく見る
by G-Tools


さて、僕は別に平野刑法学の話をしたいわけではない。フランス本国においてよりも日本やアメリカにおいてよく知られた文芸批評家、ロラン・バルトの著作のことである。バルトの記号学関連の論文は、一時期集中的に読んだことがある。なにしろ哲学書・思想書関連の本をまだ読み慣れない時期のことだから、その読書経験はしぜん、基礎訓練を意味することになった。その結果はまあ措くとして、そうしてきたことそれじたいは、いまでも記憶にしっかりと刻み込まれている。

しかし、時は流れ、いつしか「バルトを読んでいる」と言ったら「いまどきポストモダン」などと揶揄される時代になってしまった。勿論そんなことを言うのは思想をファッションか何かと(いまどき!)勘違いしている連中なので、気にすることはないのだろうが、そういうのが増えたという事実は時代の変遷をなにほどかは象徴している。

通俗的に考えるなら、それはおそらくバブルの崩壊によって、記号的価値との戯れ一辺倒だったそれまでの文化・経済のあり方に人々が疑念を抱くようになった、といったところになるだろう。そして、かわりに求められるようになったのは、記号=表象などという浮ついたものでない「リアルなもの」ということになる。記号価値のはげしい下落に人々は「懲りた」というわけだ。

しかし、「懲り」るのは結構だが、かわりに飛びついたものはどれほどのものなのか、その「リアル」ということに根拠はあるのか、それは如何なる存在論的な位置づけをもっているのか、……、そこまで考えて「リアル=現実的」という言葉を喋っている人を、僕はあまり見かけない。いちどは連鎖するコトバ=記号(シニフィアン)の残余としてしか見出せなくなった「リアル=現実的なもの」を、それほど素朴に取り戻せるとは思えない。構造主義以前の素朴な還元主義、まして実感信仰に回帰するわけにもいかない。それこそコトバによって構築されたものに過ぎなかったはずなのだから。

人はコトバ=記号というものの真っ只中に住まう羽目になったその日から、コトバによって語り出されたことを頼りに「リアル=現実的なもの」を再構成しながら生きてゆくことを運命づけられた。それによって人は道具的連関という術を駆使し、どうしようもなかったはずの世界の偶発性を労働によりコントロールして、じぶんが生きるためにより適切な状況を構築できるようになった。要するに、人はコトバによって「世界からの自由」を手に入れた。しかし、その代償として、人々は「リアル=現実的な」世界とのなまの接触を失うことになった。「リアル=現実的なもの」は、コトバ=価値形態により再生産可能なものとなったが、それは同時に桎梏となり、すべては《コトバ=価値形態》に翻訳しなければ手に入らないようになってしまった。要するに、人は「世界からの自由」を手に入れる代償として、「世界への自由」を喪ったのである。

……ということは、いまや基本的な認識(のはず)である。表象=法の秩序によって、主体(“なま”の自分自身)は暴力的に追放され、有無を言わさずに排除されることとなった、つまり主体は去勢された、…という言い方はフロイト風。ひとびとが生きてゆく上で欠かせない日々の糧の生産のあり方が、あるとき大工業という形態でなされる段階に達したとき、それまでみずからが支配する道具であったはずの生産手段に、人々は逆に支配されることとなってしまった、それが疎外であり、あらゆる悲惨の源泉である、……と言えば、マルクス風。彼らの言い方にはいろいろ問題がある。(たとえば、彼らの論法では、ある段階以前は去勢・疎外と関係ない状況があったかのように想像できてしまう。実際には去勢・疎外は常態だったはずなのに。また、マルクスの場合、この論法の後がイケナイ。)しかし、問題はあるが、その認識それじたいは試行錯誤を経て修正・洗練させながら、それこそ基本認識として受け継いできたはずだった。では、「リアル=現実的なもの」って、そんなに簡単に取り戻せるものなのか。もちろん、否。

つまるところ、日本人はまた結局幼児退行したのである。去勢・疎外を否認していることは、人類ののりこえがたい運命をのりこえる革新などではもちろんなく、たんに彼らの頑迷さを証すだけのこと。もう後戻りがきかないということを認めたがらない者のノスタルジーに過ぎないのである。ムリかとは思うが、いいかげん、目の前の現実(!)を認めた方がいい。

といっても、またぞろバブル経済や1980年代のバカ騒ぎを繰り返せと言っているのではない。「リアル」の在処に気を配らなければならないのは本当だ。ただ、それは多くの人が思っているようなところにはない。

なら、どこにあるのか?そのヒントは、すでに基本認識のなかに含まれている。コトバが語り出された直後に排除され、こぼれ落ちる場所である。何かあるものを完全に語った、表現しつくした、記号と意味のセットのなかに閉じこめたと思った瞬間から、その外側が生じる。では、その外側は何?それは「……」である。では、その「……」とは?……。こうして語りの無限ループは生まれるのだが、そのとき、無限に獲り逃がし続けているにせよ、なにかを獲り逃がしているという事実はそこにある。いわば、痕跡があるのだ。

僕たちは何なのか、自分自身とは何なのか。…成る程、コトバのなかに住まう羽目になったその日から、その問いかけの真の答えは排除されている。僕たちは、僕たちのことを何者かとして、コトバを使って代理表象しなければならない。「僕はこうする、なぜなら僕らは……だから《Cause we are the ...》」。しかし、口に出した瞬間から、なにかがこぼれ落ちる。(例えば)僕らは猫型ニンゲンだ、だが、猫型ニンゲンが悉く僕なのではない、じゃあ、猫型ニンゲンの僕とは……。こぼれ落ちる限り、何度でもこの代理表象は反復し続けなければならないだろう。しかし、少なくともこぼれ落ちたと感じたその時には、ネットワークの波間へと去った草薙素子のように、それは見えずとも、静かに側に寄り添っているはずだ。(了)

-------------------------------------------------------------------------------------

言語のざわめき言語のざわめき
ロラン バルト Roland Barthes 花輪 光

みすず書房 2000-10
売り上げランキング : 543922

Amazonで詳しく見る
by G-Tools


記号学への夢―1958‐1964 (ロラン・バルト著作集)記号学への夢―1958‐1964 (ロラン・バルト著作集)
ロラン バルト Roland Barthes 塚本 昌則

みすず書房 2005-08
売り上げランキング : 381612

Amazonで詳しく見る
by G-Tools


神話作用
神話作用ロラン・バルト 篠沢 秀夫

おすすめ平均
starsエッセイ集として読めます
stars耐久型

Amazonで詳しく見る
by G-Tools


GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊
押井守 田中敦子 大塚明夫

バンダイビジュアル 2004-02-25
売り上げランキング : 911

Amazonで詳しく見る
by G-Tools


イノセンス (Blu-ray Disc)イノセンス (Blu-ray Disc)
大塚明夫 田中敦子 山寺宏一

ブエナ・ビスタ・ホーム・エンターテイメント 2006-12-06
売り上げランキング : 661

Amazonで詳しく見る
by G-Tools


GHOST IN THE SHELL 2 INNOCENCE INTERNATIONAL VER.GHOST IN THE SHELL 2 INNOCENCE INTERNATIONAL VER.
大塚明夫 田中敦子 山寺宏一

ブエナ・ビスタ・ホーム・エンターテイメント 2005-09-07
売り上げランキング : 10101

Amazonで詳しく見る
by G-Tools


-------------------------------------------------------------------------------------
PS.
やっとタイトルの説明ができた!ま、偶然なんだけど。
L'histoire et Étude|歴史・社会 | 19:37 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark | |
右翼と左翼について

(旧サイトから転載)

こんばんは。すっかりご無沙汰してしまった。

今日はちょっとしたメモ。

政治がらみのおしゃべりになると、必ず出てくるのが右翼とか左翼とかいう言葉だけど、よく使われるということはいいかげんな使い方もされるということで、僕もトンチンカンな使い方をしている人に出会って思わず苦笑いをしてしまうことが少なからずあったりする。まあ、こういうことは学のあるなしに左右されやすい事ではあるけど、いまはネット社会なわけだし、そういう言葉はWikipediaあたりで調べればそれなりにサマになるはずだから、学がないからというのは言い訳としては弱い。でもまあ、そういう「ちょっとしたひと手間」を面倒がる人はやはり多いわけだ。それは、ほれ、ニンゲンのものぐさなところってやつで、化け猫的にはあまり感心しない。つっても、これもニンゲンの本性ってやつだろうから、仕方ないんだろうね。

とりあえず、ここに来た人は解ってるだろうけど、万が一そうでないなら、この際調べておこうね。
右翼
左翼

さて、とはいっても政治的課題が多岐にわたり、その分政治的党派も限りなく細分化されている、複雑怪奇な現代社会のこと。調べたところで迷うことは多い。それに、言葉ってやつは使われるほど手垢が付いていくもの。いろんな文脈でいろんな用法で使われてゆくうちに、どんどん意味が拡がったり、派生的な言葉がくっついたりしてしまって、そのうち理解が困難になる。加えて、さっきも言ったように、よく使われる言葉はいいかげんな使われ方もされるから、そうなると意味は際限なく拡散していき、終いには西田幾多郎の言う「述語的一般者」の域にまで達してしまい、言葉として無意味になってしまいかねない。そんなぶよぶよとふくれあがった言葉で、シャープな切れのある議論を展開しようなど、所詮無理というものだ。

そういう事態を避けるためには、いくつか方法がある。ひとつには、もう専門家に任せてしまって、素人考えで妙な使い方をしないという方法がある。でも、さすがに右翼/左翼という言葉ほど社会生活に密着した言葉となると、そういうわけにもいかない。となると、別の手段を講じなければならない。そこで考えつくのは、やはり、基本に還るのが一番ってことだ。言葉には概念というものがある。要するに、意味の中心というものがある。それをはっきりさせておけばいいのだ。高等数学も加減乗除の四則演算が第一歩なわけだしね。

さて、右翼/左翼の場合だけど、これらは対になる言葉だ。すると、その別れ目はどこってところが、一番基本的なところだろうね。

それを知るには、「手垢が付く」前までさかのぼってみればいい。一種の語源学だ。じゃあ、歴史上最初に、右翼/左翼の分かれ目がついたのは、どこだろうか?……答えは、とても簡単、フランス革命だね。フランス革命で成立した立法議会では、議長席から見て右側にフイヤン派(富裕市民・自由主義貴族を代表:王権維持を主張)が、その左にジロンド派(富裕市民・中流商工業者:共和主義)、そしてジャコバン派(プチ・ブルジョア、貧困市民、農民:共和主義)という具合になっていた。やがてフイヤン派が追放されると、右にジロンド、左にジャコバンという布置になった。

さて、ここまでは分かれ方の見取り図を書いただけだ。肝心なのは、その分かれ目だ。大事なのは共和派同士の分かれ目で、ここが現在まで至る右翼/左翼の分かれ道となる。特に、ジャコバン派が左翼の原義だということはとても重要なポイントだ。

ジャコバン派はルソー主義だった。ルソーは、自身の民主主義論の中心的な考え方として、国民の「一般意思」という考え方をもっていた。「一般意思」というのは全員一致でなければならない。つまり、多数決でもダメ(!)なの。少数派がこぼれ落ちてしまうからね。少数派をも溢さない「一般意思」、そういうものがあると想定した場合、その決定に従うのがいちばん理性にかなった政治ができるということになる。この「一般意思」を重視し、理性崇拝にまで至ったのがジャコバン派だった。

ジャコバン派は政治闘争に勝利し、やがてジロンド派を追放、そして世界初の一党独裁制を確立する。その後の顛末は、なかなか示唆的だ。一党独裁に入ったジャコバン派は、さらに内部分裂を起こし、派閥闘争がひどくなった。しかし、なにしろかれらの辞書には多数決とかコンセンサスとかいう言葉はない(!?)から、話はきな臭い方向に向かう。ここで内紛を収めるのに使われた手段は、徹底的な粛正、いわゆる恐怖政治だった。その中心にいたのが、独裁統治機関の公安委員会で、その中心人物がロベスピエールだったというわけ。彼は近代の独裁政治家のモデルとなった。

ところで、ジャコバン派は彼ら独自の憲法も起草していた。1793年憲法、別名はズバリ、ジャコバン憲法。これは、われわれにとって馴染みのある憲法(俗称ブルジョア憲法)とはよほどちがった趣があるもので、国民(nation)主権を斥け人民(peuple)主権に依拠するなど、まさにルソー流の「一般意思」の考え方を反映した内容となっている。これはのちのちの中華人民共和国憲法なんかの原型とされるんだけど、くわしいことは樋口陽一の本でも読んで勉強してください。

ともあれ、ルソーの「一般意思」は、左翼的発想の本質をなしている。つまり、これを認めれば左翼だし、否認するなら右翼だと、簡単に言えばそういうことになる。英米の保守的な知識人は揃ってルソーを批判し、その思想に導かれたフランス革命にも批判的なんだけど、「一般意思」が存在しないとして、じゃあどうやって国家を領導するのかってことになるわけだけれど、それは「コモン・センス」だ、てなことになるんだね。「一般意思」なんていう理性の怪物より、じっさいにこれまでニンゲンが生きてきた試行錯誤の積み重ね、つまり伝統や共通感覚の方が信頼がおけるという主張だ。

ともあれ、このトピックのなかで一番の基本は「一般意思」の理解だ…と、僕は理解している。そこに立ち返れば、そうそう判断が迷走することはないと思うよ。逆に言えば、そこを押さえない政治談義は、畢竟だらしのないおしゃべりの域を出ないだろうってこと。ネット政治談義の好きな諸君はよくよく弁えておいてほしいね。だらしなくぶよぶよとふくれあがった言葉遣いなんて、いいかげんウンザリなんだからさ。

じゃ、本当にイロハを確認しただけで、今宵はお終い。来月頭にはちょっとしたリニューアルを考えているんだけど、それは出てからのお楽しみってことにしておくよ。

それじゃあ、おやすみ。

   --------------------------------------------------------------------------------------
比較のなかの日本国憲法比較のなかの日本国憲法
樋口 陽一

岩波書店 1979-01
売り上げランキング : 172374

Amazonで詳しく見る
by G-Tools


比較憲法比較憲法
樋口 陽一

青林書院 1992-03
売り上げランキング : 739496

Amazonで詳しく見る
by G-Tools


社会契約論
社会契約論J.J. ルソー 桑原 武夫 前川 貞次郎

おすすめ平均
stars欲望は人を堕落させるが、生きるためには欠かせない要素でもある
starsテキストのはらむ永続性
stars冷静に。
stars立法者の系譜
stars素晴らしい訳と解説

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

   --------------------------------------------------------------------------------------
P.S.
一応言っとくけど、僕自身は「一般意思」なんて絵に描いたモチだと思う(象徴界には穴が空いているのだ:笑)し、樋口陽一の政治的立場にはまったく賛同できない。しかし、それとこれとは話が別だからね。左翼思想が嫌いだからといって、こういう基本知識を避けて通って自分が無知になるなんて、そんなのただみっともないだけだし。
L'histoire et Étude|歴史・社会 | 19:29 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark | |
法理学的に面白い記事がたまたま同時に出てきました
こんばんは。

唐突だけど、客観的な記述って何だろう。みんな普段、普通に客観的という言葉をつかっているけど、この「客観的」というものの基盤は、思っている以上にたよりない。結局、それを支えているのだってニンゲンの営みなんだから、ニンゲン的な臭気も背負ってしまっているってわけ。

ところで、客観的に記述されたもの、たとえば法律のようなものが、根本的に政治のような社会的実践、およびそういう関心によって規定されたものだという議論は昔からある。それこそホームズ判事以来の、現代法理学の正統だね。これはいまではかなり基本的なことなんだけど、その「基本的な」指摘のクリティカルな威力は未だ失われてはいなくて、実際にこの論法はアクチュアルな問題の批評によく使用されている。

で、過日、そういう思考を触発する記事をふたつ、ネット上で発見したよ。どっちも説明の必要もないほどの有名人のblogで、しかも専門分野は別なんだけど、同じことを考えさせるような記事がどういうわけかほぼ同時に出てきたので、せっかくだから一本書いておこうかと思った次第。

……

◎ウィキペディアのガバナンス/池田信夫 blog
http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/767af1e9429731aea46b3c1fa50925a3

◎古めかしく彩られた新しさに感染した私/宮台真司
http://www.miyadai.com/index.php?itemid=479


どちらの記事も、客観的に記述されたものとしての「法」が、じつは根本的に政治性を孕み、しかもその政治性を隠蔽することにより最大限の政治的効果を挙げることを企図して構築されたものだということを指摘する。ウィキペディアのガバナンスは非常にナイーブにそれに依拠しているがゆえに、信念の対立する政治的・宗教的な問題を解決するツールとしてひたすら無力である。廣松渉の場合、まさにこの「真理の政治性」を革命のため積極的に利用せんとしていたので、真理性の要求に執って「自己言及の思考」を却けた。

ナイーブに真理性の要求に則って古めかしい記述に甘んじていたかに見える廣松渉の記述は、宮台氏によると実は「振る舞いにおいて新しくあるため」の、いわばそれじたい政治的な企図を含んだものだったということになる。その点、小サークル的な「政治からの退却」志向ゆえ、政治的情況および自らの政治性についてひたすらナイーブで、それゆえ政治的対立に対し無力であり続けるウィキペディアとは、振る舞いにおいて正反対だ。要するに、廣松が秀でていた部分において、ウィキペディアは劣っているのである。記述の客観性について、廣松の方が決定的に老獪であり、また試合巧者だったというわけだ。但し、試合巧者がいつでも試合に勝てるというわけではない。そこは歴史の女神の気まぐれというやつだろう。

では、僕たちは、法あるいは記述の客観性や真理性へのナイーブな信頼を捨て、より政治的に仕掛けてゆくべきなのか?ある意味ではそうだともいえる。記述の客観性というものがそもそも政治的に措定されたものであるならば、僕らは客観的な記述に対しいつでも眉に唾をつけておく必要がある。では、客観性はついに政治に屈するものであり、また屈すべきものなのか?否。いまある客観的記述が「正義の特殊構想」に過ぎないということを直視し、その政治性を懐疑に付すことにより、よりよい社会的状態(あるいは政治的対立の解消)を目指すべく、つねに政治的に(!)手を打ってゆくべきなのだ。正義(の一般構想)というものは、そうした営みの彼方にしか見えてこないのだから。

ともあれ、ウィキペディアは、このままではその客観性を危うくする一方だろう。客観性の政治的利用を企図する勢力は星の数ほどもあるのだから、それでもそういう政治性に染まらない客観性を確保すべきだと考えるならば、その客観性を確保すべく、政治的利用を企図する勢力にたいしそれこそ政治的に(!)仕掛けてゆく必要がある。それこそ廣松渉のように、そうするのだ。それは不可避の道だろうし、でなければやがてウィキペディアもこの「大きな」情報戦に敗れ、無秩序なプロパガンダ装置に堕するしかなくなるだろう。

……

僕もウィキペディアはよく使うから、その行く末には無関心でいられない。そうすると、かのサイトの客観性志向がナイーブだってことは、当然いろいろ読むにつけ思うところがあったりする。池田氏が言及しているような政治的になまなましい例なんかは特に言えることだけど、それ以外にもつまらないことで編集合戦やら何やらが起きて半保護ってケースは珍しくないものね。

それだけ客観的認識というのは問題含みのものなんだ。それで、かつて哲学者はその支えを神に求めたんだけど、そういう意味の「神」は残念ながら死んでしまったので、人はニンゲンの臭気に充ち満ちた「客観」というものを扱いあぐねるようになってしまった。ウィキペディアのような、書き手たるニンゲンの善意を頼みにしているような場所で、かえってこの臭気があふれ出してしまうってのも、当然というわけ。

難しいところだね。結局ニンゲンの善意なんてアテにするもんじゃないってことなんだけど、アテにできないからといって捨てていいってもんでもないからね。

とりあえず今宵はここまでにしておくよ。じゃ、おやすみ。

L'histoire et Étude|歴史・社会 | 03:38 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark | |
スキン変更に伴いエピグラフ追加:『重力と恩寵』より
(旧サイトから転載)

ようやっと帰還した夜半です。そろそろ再起動するよ。
まずは、エピグラフの追加から。


安定だけが、力をくだき去り、力を無とする。社会秩序とは、さまざまな力の安定にすぎないのかもしれない。
恩寵をもたぬ人間が義人となるのを待っていられるものではないから、いろんな不正がたえず揺れ動いては互いに罰しあうように組織された社会が必要である。

(シモーヌ・ヴェイユ「重力と恩寵」より)

こちらは、「社会の調和」の章から(p.279)。プラトン、マルクス主義に関する批評や、幾何学を意識した秩序論、プルースト=ベルクソンを受けた時間論なんかもあって面白い断章がいっぱい詰まった章だよ。なにしろここは、主著『自由と社会的抑圧』などと併せて読むと、ヴェイユ社会理論の骨格が表れていることを理解できるし、それに、読み方によっては、政治学や法理学的思考のヒントを引き出すこともできそうだ。

ところで、「恩寵をもたぬ人間」のくだりは、不正という言葉が使われているけど、これは狭義の不正(汚職など)に限らず、力の不当な行使、あるいは社会的安定をだいなしにするような態様における力の行使という風に受け取っても興味深そうだ。じっさい、不正をしていると断定はしづらいけど、行動や発言が政治的に問題ありすぎたり、またそれ以前の問題だったり、仕様のないものは世の中にたくさんあるし、またそういうのが社会秩序に敵対的に作用することは間々あるからね。力への意志を御することに失敗した有力者が、力に翻弄された挙げ句の果てに、大規模な社会的抑圧を生み出してしまうということも歴史上枚挙にいとまのない話。そういうのを政治診断学的にチェックする感性を養うのに、ヴェイユはとてもふさわしい位置にいると思うけど、まあ、それは余談だね。

因みにこの引用は、田辺保訳のちくま学芸文庫版を参照した。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

◎シモーヌ・ヴェイユについて書いた過去のエントリー

  • シモーヌ・ヴェーユ「一叙事詩をとおして見たある文明の苦悶」読了
  •  →もうひとつのエピグラフは、これとの関連でアップした。

  • 「根こぎ」にされたリベラリズム ------ ロールズと井上達夫の狭間で
  •  →一見わかりにくいが、こう見えてもメインはヴェイユ。


    ◎今回採り上げた本
    重力と恩寵―シモーヌ・ヴェイユ『カイエ』抄
    重力と恩寵―シモーヌ・ヴェイユ『カイエ』抄シモーヌ ヴェイユ Simone Weil 田辺 保

    筑摩書房 1995-12
    売り上げランキング : 56226


    Amazonで詳しく見る
    by G-Tools

    自由と社会的抑圧
    自由と社会的抑圧シモーヌ・ヴェイユ 冨原 眞弓

    岩波書店 2005-03
    売り上げランキング : 27844

    おすすめ平均 star
    star根を持たざれば、人として
    star名著

    Amazonで詳しく見る
    by G-Tools

    政治診断学への招待
    政治診断学への招待将基面 貴巳

    講談社 2006-11-11
    売り上げランキング : 234855


    Amazonで詳しく見る
    by G-Tools

    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
    PS.
    ものすごくどうでもいい話だけど、いま「恩寵をもたぬ人間」と言われると、御手洗冨士夫ちゃんと、奥谷禮子ちゃんあたりを思い出してしまうよね。



    (この記事は2006年1月21日に書かれたものです。また、エピグラフは既に変更されています)
    L'histoire et Étude|歴史・社会 | 21:25 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark | |
    離脱と発言再び
    (旧サイトから転載)

    紹介が遅くなりましたが、先のエントリー「教育バウチャー構想への批判について」に対し、言及相手の濱口桂一郎教授がエントリーを起こしてくださいました。有り難いことです。

    ◎離脱と発言再び/EU労働法政策雑記帳
    http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2006/11/post_1a4b.html

    コメント欄でも議論相手に付き合っていただきました。(なんて、過去形で言ってしまっていいのだろうか?)特に新たな発見が得られたとかいう種類のものではありませんが、そこそこおもしろい議論になったと思います。

    ところで、そこで話題に上ったアルバート・O・ハーシュマンの離脱と発言exit-voice理論(一般的には「退出と抗議理論」か)について、ご存じない方も相当数あると思います。(だいいち、濱口先生みたいな研究者や僕みたいな好事家でもなければ、ハーシュマン自体知らない人が多いでしょう。)そこで、参考になりそうなリンクを張っておきます。

    ◎東ドイツの崩壊とハーシュマン理論/山川雄巳 ・立命館法学一九九六年一号(二四五号)
    http://www.ritsumei.ac.jp/acd/cg/law/lex/96-1/yamakawa.htm

    ハーシュマンは、従来の経済学が「離脱exit」、政治学が「発言voice」ばかりを採り上げ、両者の密接な関係に着目していないことを批判し、離脱と発言を同時に扱う政治経済学を構築すべきだと訴えた人です。例の教育バウチャー構想批判関連の話で出てきたフリードマン批判は、かれの教育バウチャー構想が、まさに経済学者がexitしか考慮に入れていない典型例だったからなわけですね。もちろんそれは、自由競争市場という理念型にもとづいて理論構築する上でどうしてもvoiceが捨象されてしまうことに基づく仕方のないことであり、いわば新古典派経済学の骨法そのものにあらかじめ含まれる限界です。そういうことでいうならば、発言voiceばかりに目が向きがちな政治学に対してもそれなりに批判のまなざしが向いているわけで、その傍証として、離脱カードなき抵抗運動だったハンガリー動乱(1956)やプラハの春(1968)がうまくいかなかったことを、東ドイツ分析の論文において指摘しています(「退出、告発、ドイツ民主共和国の運命Exit,Voice,and the Fate of the German Democratic Republic」)。

    要するに、完全情報という前提に立つ自由競争市場モデルでは、各組織の運営は自動的にうまくいくものと想定し、運営において起こる問題に関しては、思考経済の要請によりわざと「忘れる」わけです。政治学における離脱や選好の問題も同様で、それが社会科学というものなのですから、そのこと自体は仕方のないことです。(この辺りの事情に関しては、やはりマックス・ヴェーバーのいわゆる客観性論文〔後で紹介〕は必読でしょう。)しかし、こうした縦割り構造がじっさいに見えなくしているものも多く、ハーシュマンはそれを明るみに出すべきだとしたわけです。

    そういう意味でいうならば、ハーシュマンの指摘はフリードマンらの立場と正面衝突するわけではなく、彼らの見落としてきたものを補う関係になるわけです。カント的な意味での「批判」だと言ってもいいでしょう。ただ、濱口先生は経済学者に対して余程特別な感情がおありなのか、フリードマンらの立場そのものを悪辣だと糾弾される傾向があり、それに関しては懸念なしとしません。

    ただまあ、僕も別にフリードマンを弁護しなければならない立場にあるわけではありませんし、この程度のことでフリードマンの権威がどうこうなるという話でもないので、それはそれで別にいいかなという気もします。(それに、フリードマンがちょっと調子こいた〔!〕ところがあるのは確かですからね。)だいいち、僕は僕でフリードマンの議論の一面性を批判しているわけですからね。

    ともあれ、有益な機会をいただきました。濱口先生には誠心より御礼申し上げます。

     ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

    ◎本文で触れた本その1:「退出、告発、ドイツ民主共和国の運命Exit,Voice,and the Fate of the German Democratic Republic」を含む論文集
    方法としての自己破壊―“現実的可能性”を求めて
    方法としての自己破壊―“現実的可能性”を求めてアルバート・O. ハーシュマン Albert O. Hirschman 田中 秀夫

    法政大学出版局 2004-01
    売り上げランキング : 258779


    Amazonで詳しく見る
    by G-Tools


    ◎本文で触れた本その2:マックス・ヴェーバーのいわゆる客観性論文
    社会科学と社会政策にかかわる認識の「客観性」
    社会科学と社会政策にかかわる認識の「客観性」マックス ヴェーバー Max Weber 富永 祐治

    岩波書店 1998-08
    売り上げランキング : 118913

    おすすめ平均 star
    star評価できない
    star白眉
    starわかってる人にはわかるけど、わかってない人にはやっぱりわからない。

    Amazonで詳しく見る
    by G-Tools


    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

    ◎追記(2006.12.23):参考エントリー
  • トポス盲
  • トポス盲 その2
  • トラックバックについて


  • L'histoire et Étude|歴史・社会 | 21:30 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark | |
    教育バウチャー構想への批判について
    (旧サイトから転載)

    政策大学院大学の濱口桂一郎教授が、ご自身のブログにて、安倍政権により蒸し返されようとしている教育バウチャー構想を批判されています。教育バウチャー構想は、先日亡くなったミルトン・フリードマンが提唱したものです。

    http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2006/11/post_3c8e.html

    教育バウチャー構想とは要するに授業料クーポン制度のことで、国や自治体が直接義務教育の授業料を負担することに代えて授業料クーポンを発行し、親はそれを使って子供を通わせる学校を民間から自由に選べるようになるというもの。エントリーのメインになっているのはハーシュマンからの引用で、フリードマンの議論があまりにも経済学的偏見に囚われていると批判した一節ですね。つまり、フリードマンは学校からの「離脱」の自由を過度に強調する反面、言論を厄介で迂遠なものと嫌いすぎているという、定番の批判です。

    まあ、ハーシュマンの強調する言論の重要性はわかるのですが、その言論への期待ぶりは僕には理想論に過ぎると感じられる面もあります。言論において相手に理解してもらえるという期待が大きすぎるきらいがあるのもさることながら、「迂遠」という指摘の切実さについて配慮が不足している気もします。

    とりわけ学校の場合、特定の親子が学校に対する自らの考え方を民主的プロセスを通じて反映させようとしても、反映される前に子供が学校を卒業してしまいますので、間に合わないということは留意されるべきでしょう。子供が卒業した後になってから何かが変わっても、その親子からすれば完全に手遅れなわけです。そういう意味でいうならば、政治的経路を通じた意見表明のプロセスは確かに迂遠に過ぎるというべきです。そのとき、学校を「移る」ということは、生徒数の変動として明確に数値化されますし、学校の収入にも直結しますから、直接発言だけをするよりも意見表明の手段としてより強力な手段となりえるわけです。その場合、従来の制度とバウチャー構想と、当事者がどちらに魅力を感じるかはほとんど明白であるような気がします。

    とはいえ、教育バウチャー構想も所詮は極論であるのも事実です。じっさいにこれをやろうとしても、受け皿となるべき民間教育機関が整備しきれないでしょうし、選ぼうにも似たような学校ばかりだったら選ぶメリットもあまりないわけです。まして日本はアメリカと違い、千日王国ユートピア実験共同体の伝統みたいなものはありませんから、学校の多様性は最初からあまり期待できません。その場合、現にある学校の改革をどうするかという論点に結局のところは回帰するわけで、それを考えると教育バウチャー構想というのは、いま現在問題となっている教育問題について(少なくとも中短期的には)何ら実効的な解決策をもたらすものではないようにも思えます。自由競争は、経済主体に対し生産の拡大と効率化を煽る要因にはなりますが、かといって多系発生を導く積極的動因になるわけではありません。この点、フリードマンの論理はあまりに楽観的すぎるというべきでしょう。ハーシュマンの議論の力点も実はそういった部分にこそあるわけで、この意味においては僕も彼の議論に概ね同意することができます。

    濱口教授ご自身の見解に関しては、資料が少ないのでノーコメントということにしておきます。


    ◎参考:「市場原理主義」が日本で根づかないもう一つの理由/PRESIDENT Online
    http://www.president.co.jp/pre/20050704/003.html



    ◎採り上げられた本
    離脱・発言・忠誠―企業・組織・国家における衰退への反応離脱・発言・忠誠―企業・組織・国家における衰退への反応
    A.O. ハーシュマン Albert O. Hirschman 矢野 修一

    ミネルヴァ書房 2005-05
    売り上げランキング : 73604

    Amazonで詳しく見る
    by G-Tools


    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

    ◎追記(2006.12.23);このエントリーに関連するその後のエントリー
  • 離脱と発言再び


  • L'histoire et Étude|歴史・社会 | 21:33 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark | |
    シモーヌ・ヴェーユ「一叙事詩をとおして見たある文明の苦悶」読了
    (旧サイトから転載)


    僕たちが地球上で人間として生きる限り、なんらかの「国」と関係を持つ。たとえば日本。それは、統一された「ひとつのもの」として把握される。それと同時に、ある一定の領土とそこに住まう国民がその「ひとつのもの」に属するものとして統一的に認識される。「ひとつの国」という想像が成立するわけだ。その一例が、「日本国」という観念。これはちゃんと祖国を持つ者にとっては空気のような存在で、ふだんはあまり気にも留めていない。「よし、空気を吸おう!」なんて気合いを入れて呼吸をする者がいないのと同じだ。しかし、ひとたびその空気がなくなったとき、僕たちはあらためて空気が存在していたことを痛感する。そのことは祖国分裂者やクレオール、無国籍者の例をみれば想い半ばに過ぎるだろう。たとえば前田日明、たとえばフジ子・ヘミング。ひとたび祖国を「選択」すべき立場に立たされたとき、空気のようだった「ひとつのもの」は、何か異質なかたまりのようなものとなり、「根こぎ」になってわれわれの目の前に現れるだろう。

    ヴェーユが「一叙事詩をとおして見たある文明の苦悶」と「オク語文明の霊感は何にあるか?」をものしたとき、彼女は祖国喪失の淵に立たされていた。そういう時期にあった彼女が、「フランス」という観念のヴェールにより上書きされロストしてしまった、もはや地球上に存在しない「ひとつのもの」、南仏オク語国家に想いを寄せていたのは、いかなる内的必然があっただろうか。いまとなっては想像力に訴えるしかなくなってしまった事情は、運命の女神nornsのみぞ知るところだ。

    今宵僕は二つの論文のうちひとつを読了したわけだが、これを読むとヴェーユがいかにこの中世ラングドックの都市文明に「想いを寄せていた」かを思い知らされる。なにしろ、歴史において精神的自由と寛容、豊穣さが高度に達成された時期はたったの二回だけで、それが古代ギリシャ文明と中世オク語文明だというのだ。近代文明を生きるわれわれは、いま現在こそ最高度に精神的・身体的自由が達成されていると考えがちだが、ヴェーユに言わせれば、近代の自由はその達成度の高さにおいて、ギリシャ文明やオク語文明に遠く及ばないという。

    ヨーロッパは、この戦争の結果失われた精神の自由を、以後おなじ程度に見出したことはけっしてなかった。というのは、十八世紀と十九世紀の思想闘争から除去されたのは、もっとも粗雑なかたちの力だけであった。(P.210)

    「この戦争」というのは、アルビジョア十字軍戦争のことである。当時フランスはカペー王朝を中心とする北仏と、トゥールーズ伯家を政治的中心とする南仏とに分裂していた。中世ヨーロッパといえばカトリック教会権力の全盛期という認識をされるのが一般的だが、当の南仏の場合はそれにあてはまらない。当時の南仏は都市文明が栄えていて、カタリ派信仰に象徴される独自の文化をかたちづくっていた。そこはあらゆる精神の富が流入してくる条件を備えており、北方、イタリア半島はもちろん、アラブやペルシア、さらにはエジプト文化までも流入し、それらがほどよく混交していた。南仏の精神文化は寛容で、異なるものを受け入れる土壌をもっていたのだ。ある意味ではカタリ派の信仰こそそうした多文化的状況を象徴するもので、それはキリスト教異端信仰のひとつとみなされているけれども、その実態は東方正教会の信仰(とりわけブルガリアのそれ)やグノーシス思想、さらには遠くマニ教の影響も指摘される、地中海精神文化の見本市のようなものだったらしい。

    ところが、この多様性が問題だったのだ。ヴェーユも指摘しているように、現代を生きる僕たちは西欧中世について、不寛容こそその時代の宿命だったと考える。もちろんそれはカトリック教会の権威によるものだ。中世カトリック教会は、自らの教会こそ地上に実現された神の王国だと考え、その組織の中にキリスト教信仰のすべてを包摂しようとした。もともと多様でバラバラだった信仰をひとつのパースペクティブのもとに統合しようとするときに起こることは、信仰の内面化である。内面化された信仰は自己同一性をもちはじめ、つねにそれが「地上唯一のもの」であることを確認しようとする衝動をもつ。もちろん不純な要素があってはマズイ。不純な要素は、せっかく打ち立てた「地上唯一の」システムをふたたびバラバラにしてしまう。だからカトリック教会は、みずからの解体の契機にもなりかねない異端信仰を敵視した。それがグノーシス主義の生き残りとあっては尚更だ。グノーシス主義は、原始キリスト教会確立期において最大の脅威だった。カタリ派は、カトリック教会のトラウマを呼び起こしてしまったのだ。

    ましてカタリ派の故地・南仏はトゥールーズ、カルカソンヌ、フォワ、モンペリエ、マルセイユ等の都市文化が栄え、西欧でもっとも繁栄した土地だった。首府だったトゥールーズは、ヴェネツィア、ローマに次ぐ、西欧第三の都市だった。それに対し、カトリックの支配地域は農村主体の土臭い田舎。北仏の諸侯たちは南仏都市国家群の繁栄をさぞ嫉ましく思っていたことだろう。そんなときに下った異端カタリ派排撃の勅命は、かれらにとって願ったり叶ったりだったに相違ない。こうして、1209年のカルカソンヌ侵攻から1244年のモンセギュール要塞陥落まで前後36年にも及ぶアルビジョア十字軍戦争は始まった。

    まさにその精神的自由と豊穣ゆえに呼び寄せた災厄は、大量虐殺、略奪と放火などのかたちで南仏全体に降りかかり、地中海精神の精華だった南仏文明を徹底的に破壊した。以後、信仰を失い、独自の文化も言語も失った南仏ラングドックは、フランスという「ひとつのもの」のなかの一部分=片田舎と化し、存在を忘却されてゆくことになる。ヴェーユが注目した「一叙事詩」、即ち『アルビジョア十字軍叙事詩』(略して『十字軍詩』)がつくられたのは、この戦争も最末期に近い時分のことだ。

    『十字軍詩』には、ひとつの文明の崩壊がうたわれている。ほんの少し以前には飛躍の一途を辿っていたひとつの文明のことごとくが、突然の武力の暴威によって死の痛手をこうむり、永遠に消え去るべき運命のもとに置かれ、そして最後の苦悶にあえぐ姿は、トロイア文明の崩壊の物語としてホメロスが『イリアス』にうたいあげたところだ。現代人は『イリアス』に「崇高」の概念を付すだろうが、未曾有の繁栄と永久消滅とを同時にうたったという意味では、『十字軍詩』もおなじ「崇高な」境遇に置かれている。ヴェーユがラングドック文明をギリシャのそれに準えたのも肯ける。


    力も精神の諸価値を滅ぼすには無力であるという月並な表現ほど、過去にたいして残酷なものはない。こうした意見のために、人は軍隊の暴力によって滅亡させられた文明がかつて存在したことを否定する。しかも、人は死者たちの否認を恐れずに、そうすることができるのだ。こうして、人は滅びたものを再び滅ぼし、そして武力の残酷さに同意してしまうのである。(P.219)


    ヴェーユは力の歴史を見続けた人である。ある勢力はその実力をもって他の勢力を圧倒し、やがて支配/被支配の秩序を確立するが、それもやがて新たなる力のもとに屈服する。人々は「力への意志」に衝き動かされ、歴史の一頁を飾る。何人も「力への意志」に逆らうことは出来ない。この残酷な下等神デミウルゴスの世界のなか、わたしたちの「けだかさ」はどこにあるのか。ニーチェの歴史認識を受け継いだヴェーユの行き着いた答えは、俗流ニーチェ主義にかぶれたナチスとは正反対のものだった。


    敬虔さはわれわれに命じる、たとえ稀なものであるにせよ、滅亡した文明の跡を慕いその精神を銘記することに努めよ、と。(P.219)


    中世地中海の太陽の如くあったラングドック文明は、「力」に関しても独自の感覚を持っていた。通常、国家秩序をもたらす支配/被支配の関係は、一方の他方にたいする暴力をともなって実現する。そこで実現されるのは権力だが、権力は権威を必要とする。前にも話した、自発的服従の契機である。中世におけるそれは、カトリック教会の権威とその信仰だった。通常はこのように、内面化されたひとつの世界観に帰属させられることにより、支配は正統性を獲得する。こうした伝統の嫡出子たる現代世界でもそれは変わらない。自由と民主主義、あるいは資本という「内面化されたひとつの世界観」に人々は衝き動かされ、その権威のもとに資源を奪い合い、支配し、服従し、脅威にさらされる。今日カトリック教会は、アングロ=サクソン文明によって周縁に追いやられた挙げ句、かつてとは逆に危殆に瀕した多様性の擁護者の役割を(とりわけ南米において)果たそうとしているが、じつに皮肉な話だ。かれらも「力への意志」の前に無力だったわけである。

    ところが、異質な信仰どうしの容れ物でもあったラングドック文明にあっては、いささか事情が異なる。中世の他の例に漏れず、ラングドック地方の各都市はそれぞれ諸侯の領地だったが、それら諸侯はトゥールーズ伯の家臣だった。こう聞くと僕たちは、いかにも中世らしい典型的な身分制社会を想像するが、実態は違ったようだ。なにしろ、政治のトップであるトゥールーズ伯からして、「何事においても町全体、(中略)すなわち騎士や町民や庶民に諮」って市政を行っていたのだ。その市政が、民主的に選出された住民代表のカピトゥールの手により行われていたのはその一例である。自由な精神の持ち主であったラングドック人は、自由を愛する者すべてがそうであるように、みずからの矜恃の念を傷つけてまで他人に服従することを好まなかった。そこには秩序があり、治安が保たれていたにもかかわらず、言論においても信仰においても人々は自由であり、かつ階級は一体化していた。その支配の特色は、ヴェーユの説明によれば、騎士道に裏打ちされた住民の高度の公民的徳性により支えられた、文字通りの自発的服従だったという。

    こういった「力」にたいする感覚がよほど身についていたものと見えるのは、アルビジョア十字軍戦争の真っ只中にあり、トゥールーズ伯の実力が完全に奪われた時点になっても、住民が自発的服従を表明し、トゥールーズ伯を支えようとしたことからも窺い知ることができる。『十字軍詩』において、トゥールーズ伯は戦いに敗れ、地位も財産も奪われ乞食同然の地位に陥り流浪するが、アヴィニョン自由市の住民は、トゥールーズ伯が領地をとりもどすために、みずからすすんで生命をなげだすことを約束するのだ。すでにまったくの無力の徒と化していた者に嫌々服従する義理がないことを考えると、その騎士道精神の寛大さがどれほどのものであったかが知られる。

    どうして彼らはそこまでしてトゥールーズ伯にすすんで服従することができたのか。なにが彼らをしてそこまでの献身に駆り立てたのか。かれらが守ろうとしたのは何か。ヴェーユによると、それは文明の精神的価値そのものにあった。文明などという概念はまだ存在していなかったため『十字軍詩』の作者は言語化に苦慮しているようだが、その詩情は、ラングドック(=オク語の土地)において、その自由と豊かさがトゥールーズ伯の治世と渾然一体となっており、自由を愛することがトゥールーズ伯に服従することと不可分だったことを示している。


    こうした精神と公民的感情の合一、そして自由と正当の領主とにたいするおなじように強烈な愛着は、十二世紀のオク語の国以外のところでは見出せなかったものである。(P.214)


    現代社会において、自発的な献身ということほど不自然なものはない。現代人は公民的徳性を捨て去り、せせこましい私人にみずからを矮小化することにより、資本という名の怪物にいやいやながら献身させられ、隷従の一生を送る。それは、シエラレオネの少女売春婦からアメリカ大統領に至るまで変わらない、現代人の業病だ。

    当然、ヴェーユはそのことを知っていた。誰よりも深く知っていたと言っていいだろう。彼女は、すでにナチスの手に落ちたフランスにあって、政治的指弾の脅威に晒されていた。資本に見捨てられんとしたが為に独裁者を戴き、精神文化から国民の生命に至るまで浪費的な投資の糧としてきたナチズムは、現代人の業病の急性転化した症状だった。彼らと闘ったヴェーユは、最後までこの業病にたいする服従を拒否しつづけた。そして1942年5月、マルセイユの港から出国したヴェーユは、清冽な拒絶の姿勢を貫き、一年と少し後、短い生涯を閉じる。まるでそれが必然的な運命でもあったかのように。(了)



    ◎参考:松岡正剛の千夜千冊『重力と恩寵』シモーヌ・ヴェイユ
    http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0258.html

    ◎参考文献1:ヴェーユの主著その1・『自由と社会的抑圧』
    自由と社会的抑圧
    自由と社会的抑圧シモーヌ・ヴェイユ 冨原 眞弓

    岩波書店 2005-03
    売り上げランキング : 44538

    おすすめ平均 star
    star根を持たざれば、人として
    star名著

    Amazonで詳しく見る
    by G-Tools


    ◎参考文献2:ヴェーユの主著その2・『重力と恩寵』
    重力と恩寵―シモーヌ・ヴェイユ『カイエ』抄
    重力と恩寵―シモーヌ・ヴェイユ『カイエ』抄シモーヌ ヴェイユ Simone Weil 田辺 保

    筑摩書房 1995-12
    売り上げランキング : 46269


    Amazonで詳しく見る
    by G-Tools


    ◎参考文献3:マルセイユの時期のヴェーユを知るための好著にして、最適の入門書
    サマー・アポカリプス
    サマー・アポカリプス笠井 潔

    東京創元社 1996-03
    売り上げランキング : 87461

    おすすめ平均 star
    star本格の中の本格

    Amazonで詳しく見る
    by G-Tools


    【後記 2007.4.1】
    のちにアップされたエピグラフ(~2007.4.1)は、このエントリに関連したものです。

    秩序というものは、正当な権威にたいする感情によって、自分を卑下せずに服従できるような土地にしか存在しえない。それがおそらく、オク語の人たちがParage(けだかさ)とよんでいたものなのである。

    (シモーヌ・ヴェイユ「一叙事詩をとおして見たある文明の苦悶」より)



    L'histoire et Étude|歴史・社会 | 17:04 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark | |
    もうひとつの「9.11」 / Another 'September 11'
    (旧サイトからの転載)

    Good evening. 静かな夜だね。

    今日は9月11日。「9.11」の日だね。

    「9.11」といえば、現在ではちょうど5年前の、世界貿易センターと米国防総省に航空機が突っ込んだ、いわゆる「同時多発テロ」をさすことになっているね。でも、南米に行くと、ちょっと事情が違ってくる。

    どういうことかというと、1973年の9月11日には、南米の、特にチリの人たちにとって忘れられない「忌まわしい記憶」が刻まれた日でもあるんだ。まあ、僕自身、先刻余丁町散人の指摘を目にするまで失念していたのだから、あまり偉そうなことも言えないんだけど。

    え、もったいぶるなって?そりゃそうだ。

    1973年の9月11日、チリで何があったか?この日、サルバドール・アジェンデ大統領が殺されたんだ。アウグスト・ピノチェト将軍率いる軍事クーデターでね。そして、この軍事クーデターは成功し、ピノチェトは大統領に就任した。以後、ピノチェトは、1990年まで実に16年近く、チリの国家元首であり続けた。

    ところで、軍事クーデターによって成立した政権がどういった性質のものになるか、これにはパターンのようなものがある。まあ、自然科学のような確実性を持った法則ってわけではなく、せいぜい蓋然性があるというに止まるんだけど、とにかく、軍事クーデターが導く政権はだいたい決まっている。軍事独裁政権だ。

    考えてみれば当たり前だよね。ある政権が国をまとめるためには、国民が自発的に従うためのきっかけ(自発的服従の契機)がなければならない。つまり、革命政権が国民に正統性を認められることがなければ、そもそも国民は言うことを聞いてくれないから、結局反革命勢力(旧勢力や対立組織など)に政権を再び覆される危険性が高まる。だから、新政権は何らかのかたちで国民の服従を勝ち取る必要があるんだけど、軍事力にものを言わせて打ち立てた政権には、何があるだろうか。軍事力しかないよね。

    ともあれ、チリのピノチェト政権は歴史の例に漏れず、軍事独裁政権となった。その長き支配の下にあったチリでは、ピノチェトが政権を追われる1990年に至るまで、数千人にも及ぶ政治犯が処刑された。これも例に漏れない。

    ところで、軍事独裁政権というのは、政治的基盤が強くない。なにしろ、国民からすれば、この政権に服従するのに軍事力以外の理由があるわけじゃないから。中世に南仏カタリ派の王国を滅ぼした北仏の諸侯たち(カペー王朝が中心)には、カトリック教会のお墨付きという宗教的権威があった。中国の革命には、湯武放伐論に支えられた易姓革命の思想があった。これらの勢力も旧勢力に対して現代のクーデター顔負けの残酷なことをしているんだけど、その後国土は安定している。しっかりした自発的服従の契機が機能していたからだ。でも、軍事独裁政権にはそういう「信仰」といえるほどの権威がない。力しかない。だから、力の源泉がなくなれば、倒れてしまう。

    そういうわけで、ピノチェトが独裁者の地位に就いていられたのも、あるビッグな力の源泉があったからなんだね。それは何だろうか?

    とても簡単。アメリカだね。そもそも軍事クーデターってのは、国の正統権力を相手に闘うわけだから、外国のバックアップなどがなければ成功しにくい。兵站線を押さえられたらおしまいだからね。ピノチェトの場合、アメリカCIAの支援を受けていた。もっといえば、そもそもアジェンデ政権が倒されたこと自体、アメリカの意向によるところが大きいんだ。

    アジェンデ政権というのは、じつは史上初の、選挙によって選ばれ成立した社会主義政権だったんだ。時は米ソ冷戦の真っ只中。アメリカはこれをとても恐れた。だから、CIAの工作によりこれを倒したというわけだ。このことは、その後機密扱いから外されたCIAの公式文書によっても明らかになっているくらいで、国際政治をウォッチしている人間ならいまや誰でも知っていることだね。かくてアメリカの望み通り、ピノチェトのクーデターは成功した。ところが、やったあとやりっぱなしにするのもアメリカらしいところで、ピノチェトが大統領になり、明らかに圧政をしはじめたときになっても、何もしなかった。できなかったんだ。冷戦があったから。結局、冷戦が終結する1990年まで、アメリカはピノチェト政権を黙認していた。

    ところが、皮肉なことに、冷戦終結がピノチェトとアメリカの縁の切れ目だった。結局彼は、アメリカに見放されるかたちで大統領を辞任した。

    現在、ピノチェトに対しては、「軍事独裁政権を敷いた冷酷非情な独裁者」と言う見方が大勢を占める。だが、一方では「アジェンデと並ぶアメリカの犠牲者」と言う同情的な見方もある。ピノチェト失脚後、アメリカとチリとの関係は悪化しており、チリ国内外には、「アメリカがチリをダメにした」「ピノチェトはアメリカの捨て駒であり、被害者だった」と、かつてピノチェト政権を影ながら支持したアメリカの責任を問う声も多く出ている。(Wikipediaより引用)

    結局、アメリカの意向にただ翻弄されたチリの治安は荒れに荒れ、経済も低迷しつづけた。いや、チリだけじゃない。サンディニスタ左派政権と対立関係にあったソモサ派を支援して慢性的な内戦を導いた中米ニカラグアの例を筆頭に、アメリカは中南米諸国家に対する主権無視の内政干渉を恒常的に繰り返し、ラテン・アメリカの構造的貧困をプロデュースしつづけている。まあ、あとについてはノーム・チョムスキー先生の出る幕としようか。

    ところで、ここまでチリの来た道を辿ってみて、なにか気付くことはないかな?

    そう、似てるよね。イラクに。

    そもそもフセインだって、反ホメイニのためアメリカが支援した軍人だった。彼にイラク一国を与えてホメイニ率いるイランと戦わせた(イラン・イラク戦争:1980〜88)んだけど、フセインが言うことを聞かなくなるや、難癖を付けて潰してしまった。やることは一緒ってわけだ。イラク戦争をさして、「米州でやっていたことを中東に輸出しただけ」というのは、事情を知っている人が皆認めるところ。反共防波堤という目的がなくなれば、資源確保、ドル圏防衛。こうした大国の都合に翻弄されつづけ疲弊し尽くした中南米は、グローバル化の最たる犠牲者といえる。僕はいたって穏健な共和主義者にすぎないけれど、こういう事情を見聞きすると、やっぱり「搾取」ってあるんだなあとつい思ってしまうね。

    ところで、中南米といえば麻薬の蔓延だけど、これもじつはいま言った事情に深く関わっている。というのも、中南米は構造的に、アメリカによって資源を安く買いたたかれる立場にあるから、外貨が慢性的に不足している。工業は先進国にかなわないし、アンデスのやせた土地では農業もままならない。よって、唯一栽培可能な作物・コカに頼って外貨を稼ぐことになるってわけだ。ペルーで毛沢東主義過激派センデロ=ルミノソが一時期力を持ったのは、彼らのマオイズムによる農地開放路線が、コカ栽培に依存する貧農層の支持を集めたためとも言われている。そして、田舎はゲリラの実行支配地帯でコカインの原料が栽培され、都市に行けば田舎でできたコカインを餌にシンジケートに隷従させられる売春婦で盛況という何ともアレな世界ができあがってしまった。もちろんそのコカインは貴重な外貨獲得の手段だから、アメリカをはじめとした世界中に輸出される。こうして成立した麻薬の南米ルートは、1990年代、世界の闇の流通路を大きく変革したと言われているんだ。

    …まあ、このあたりの詳しい事情は、僕の好きな遠藤浩輝『EDEN-It's an Endless World!』でも読んでみるといいよ。こちらの世界は2112年、本来ならドラえもんが生まれるはずの年だけど、『EDEN』が描く南米はなまなましく現代的だ。

    さて、夜更けに暗い話をしてしまったけど、じつは本当に僕を暗澹たる気分にさせるのは、僕たちに彼らを「かわいそう」と言う資格がないということなんだ。だって僕たちは、あのアメリカの尻馬に乗ることによってたらふく食べているんだから。

    …ああ、こんな話をしている間に、「9.11」が終わってしまった。マーヴィン・ゲイの"What's going on"を流しっぱなしにしていたせいだな。時間を忘れてしまった。

    次回こそ明るい話題にしよう。あまりこういうことを書くと、僕が左翼社会主義者か何かなのではないかと疑われてしまう。あくまで僕は公民的共和主義の可能性に賭ける穏健な青年にすぎないってのに。

    じゃあ、この素敵でくそったれな世界を想って、眠るとしよう。 Good night!

    P.S.
    余丁町散人様、いつも楽しく読ませていただいております。しかし、ピノチェト政権について「米国型自由主義経済システムの導入でチリはみるみる良くなるはず」とされたり、実際の経済低迷の原因を「いったん社会主義化されてしまうと、その体質が染みついてしまうのだ」と断じておられますが、経済的観点から言えている部分はあるものの、やはり当国の政治情勢やポストコロニアルな状況も考慮しなければ不十分なのではないでしょうか。以上、若輩者が失礼しました。

    ◎参考1:捨てられた独裁者ピノチェト/田中宇
    http://tanakanews.com/a0309pinochet.htm

    ◎参考2:ピノチェト事件を追う(上)スペイン当局による身柄引き渡し要請、英国からの帰国まで
    http://www.chunambei.co.jp/pinochet-1.html

    ◎参考3:ピノチェト事件を追う(下)=チリ帰国後のピノチェト動向:2000年3月〜=
    http://www.chunambei.co.jp/pinochet.html

    ◎参考4:南米紀行/らくだジャーナル
    http://www.rakuda-j.net/tabi/nanbei/index.htm

    ◎参考5:The Pinochet File/The National Security Archive --- The George Washington University(2006.10.8リンク追加)
    http://www.gwu.edu/~nsarchiv/NSAEBB/NSAEBB110/

     iTunes Music Store(Japan)

    L'histoire et Étude|歴史・社会 | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark | |