Cause we are the ...

La ricerca della morale che non dipende da una cosa della trascendenza...
<< May 2017 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>
 
SPONSORED LINKS
RECENT COMMENT
  • そして少佐はネットの海に消えた…|必然に抗う主体の往還二廻向
    よはん (09/09)
  • そして少佐はネットの海に消えた…|必然に抗う主体の往還二廻向
    よはん (09/09)
  • そして少佐はネットの海に消えた…|必然に抗う主体の往還二廻向
    よはん (09/09)
  • そして少佐はネットの海に消えた…|必然に抗う主体の往還二廻向
    宇根 康裕 (09/07)
  • 人は低きに流れ、そしてベヒモスに飲まれる?
    よはん (08/25)
  • 人は低きに流れ、そしてベヒモスに飲まれる?
    宇根 康裕 (08/20)
  • 人は低きに流れ、そしてベヒモスに飲まれる?
    宇根 康裕 (07/12)
  • 人は低きに流れ、そしてベヒモスに飲まれる?
    よはん (06/19)
  • 人は低きに流れ、そしてベヒモスに飲まれる?
    よはん (06/19)
  • 相変わらずの田幸和歌子
    よはん (05/28)
epigraph
  • 「低さ」と名づけられているものはすべて、重力による現象だ。(S.Weil)
  • 水は低きに流れ、人の心もまた、低きに流れる。(H.Kuze)
  • ハハハッ、アステロイドベルトまで行った人間が戻ってくるっていうのはな、人間がまだ地球の重力に引かれて飛べないって証拠だろう?(H.Karn)
Hanabi
iPod
logpi
MOBILE
qrcode
PROFILE
無料ブログ作成サービス JUGEM
 
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

- | | - | - | pookmark | |
共同体の排他性ーガンダム好き「に」共通する論調?
(旧サイトから転載)

こんばんは。相変わらずアイドリング中の夜半です。

さて、アイドリングしてばかりいてはニンゲン達のマクロな住環境にとってよろしくないみたい。IPCCの第4次報告書が発表されてにわかに周囲がかまびすしくなってきているけど、日本の報道機関の報じ方にバイアスがかけられていることを指摘する向きなんかもあったり。ま、疑似終末論の類は当人達のシュミの問題なので放っておくとして、政策論的には、政策としての費用対効果と選好の問題って感じかな。温暖化問題というのが存在するのは事実だし、ま、論点がごっちゃにならないように、各陣営しっかりぶつかり合ってコンセンサスを形成してくださいな。

……まるで関係ない話だったな(苦笑)。「アイドリング」違いだね。

さて、オフラインでは僕のLightWayちゃんも唸りをあげはじめたものの、こっちはあんまり書いていなかった。しかし、それだと「鈍る」部分があるから、そろそろ、気まぐれついで(というわりに結構経ってしまったが)にここらでひとつ書いておこうかなと思った次第。前も言ったとおり、あんまりこういう採り上げ方は好きじゃないんだけど。

今宵のネタはこれ。

◎「ガンダム好きに共通する論調」に迫る/Excite Bit コネタ(田幸和歌子)
http://www.excite.co.jp/News/bit/00091170609411.html

まあ、ぶっちゃけたいした話ではないのよ。共感できるかといえばできる部分もあるし、そうじゃないかといえばそうじゃない部分もある。というより、だれでも(少なくとも現代日本のある世代に属するニンゲンならかなり一般的に)経験的に観察できるようなことを、分析の前振りとしてでなく、ただそのまんま書き出してみただけのものに本当ならコメントのしようもない。現象に関する「語り」(特定の価値観を含む)になら感想も出てくるというものだけど、現象そのものにどうこう言ったって、それは厳然としてそこにあるものなのだから何を言っても仕方がない。土砂降りの日に「今日は天気が悪い」と言われてもリアクションの取りようもないわけで。

要するに記事そのものに関しては別に面白くもない話だという感想しかないんだけど、そんなことをここで書いたって、それこそ土砂降りの日に「今日は天気が悪い」と言うような話だからね。別にそんなことを書こうと思ったわけじゃない。

まあ、わかりきったことだけに、前から思っていることを確認の意味で書いておく契機くらいにはなるかなと思って、言葉を紡いだ次第。

さて、列記された事実から導き出せることが二つある。それは、

  • (1)ガンダムファンはちゃんと「読者」(視聴者というべき?)をやることを怠ってきた
  • ということと、
  • (2)日本人は言語ゲームの他者とのコミュニケーションが相当下手だ
  • ということ。とりあえずこのふたつ。

    まず、(2)の点から。記事で列記されているようなことは、別にガンダムに限らず、自己完結した世界観と言説体系を持つ共同体(たとえば教会とか)を外部から観察したときごく一般的にみられる現象であって、別に特別ガンダムが悪いわけではない。(いや、ガンダムのせいにできなくはないけど、それは「ガンダムが完璧な存在でないから悪い」と言うようなものであって、ちょっと不当な感じになってしまう。)たとえば、外国人の人たちが当地の言語で談笑しているところにひとりぽつねんと坐っているときとか、そりゃあ疎外感を感じるだろうけど、そんなことどうこう言ったってしょうがないでしょうがってこと。それは人間の業ってものなんだから、嫌なら悟りでも何でも開いてくれとしか言いようがない。このくらいのニヒリズム、大人なら持っているはずだと思うんだけど、わざわざ疎外感とかいって話題にされるあたり、日本人はゆりかごから単身飛び出す勇気がないのかな、と。

    でもまあ、こっちはぶっちゃけどうでもいいんだよね。疎外感を感じるのが嫌だってんなら、なるべく自分らの言語ゲームの共同体を出ない(「ゆりかご」から出ない)、あるいは他の共同体に近寄らないようにするのも手なわけで、大概の人はそうして生きている。本件で言うなら、ガンダムファンに出会ったとき、なるべく穏便に避けるようにでもしておけばいい。それで済む話だし、それを勇気がないとか、インドとかに生まれなくてよかったね(*)とか嫌味言ったところで、それこそ大きなお世話でしょ?そりゃあナイーブだとは思うけど。(→この話をもっと突っ込んで聞きたい奇特な人はこっち。)

    まあ、それはそれとして、メインにしたいのは(1)の方。ガンダムファンはちゃんと「読者」をやることを怠ってきたという事。もう少し詳しく言うと、記事にある条件を満たすが如き、いわゆる付きのガンダムファンは、ただその完結した世界観に耽溺するばかりで、その意味を主体的に忖度する作業を怠ってきた。たとえば、ガンダムにおける「戦争」というもののとらえ方のリアリズムを言いたいのであれば、現実に存在する紛争や世界情勢についてガンダムは何を語りうるか、そこからどのような批評を導けるのかということが語られなければならない。文芸や映画なんかはそういうことをずっとやってきたわけで、だからこそこれらのジャンルはそれなりの社会的信用なりステイタスなりを獲得してきた訳だけれど、ガンダムのファンは明らかに文芸などの読者に比してそういう読解の努力というものをネグってきた。そして、ガンダムの自己完結した世界観の「居心地の良さ」を自己陶酔的に語るばかりで、『ガンダム』のテキストを外部とリンクする作業を怠り、その一方で、世界観を共有しない他者(田幸氏や蛍原氏のような)をバルバロイ(蛮民)扱いしてきた。要するに、かれらは閉じた共同体を形成していた。その結果、彼らは世間からの冷たいまなざしを浴びるようになり、かえって嫌われるようになってしまった。今度の記事もそうした流れで出てきたものではなかったか。

    大体、ある世界観や思想について「深い」を連発することしかできないのは、対象を扱いあぐねている証拠なんだよね。近年世に出たseedシリーズが旧シリーズを知る向きから散々な評価を浴びていることは周知の事実だけど、ファン層の状況を見る限り、ああいうのが出てくるのは僕には非常によく理解できる。

    たとえば『ガンダム』の世界にはスペースノイド/アースノイドの区別があり、前者のみニュータイプ化するという定番の図式があるが、そこには富野由悠季の(ともすれば神秘主義的ともとれる)ヴェイユ的問題意識が含まれている。この文脈では「地球の重力に引かれて飛べない」ことが「低劣さ」と結びつき、さらにそれが人間の「不幸」と結びつく。これって『重力と恩寵』そのものじゃないですか、等と僕みたいなヴェイユ読みは思うわけだが、しかしそういう話は聞いたことがない。Googleで「富野由悠季 ヴェイユ」で検索をかけてみても、リファレンス関連以外はほとんどヒットせず、かわりにうちが三件もヒットしてしまう(笑)。そんなに変わった発想だろうか。あれほど「重力」って言葉が思想的な含意を持って使用されているのだから、ヴェイユを思い浮かべるのはごく自然なことだと思うんだけど。それとも、そんなに少ないのだろうか、ヴェイユ読みでガンダム好きの人って。

    まあ、この際ヴェイユは措いておこう。それを抜きにしても、ニュータイプとオールドタイプなんて対立軸は、全共闘世代の富野氏の世代意識、つまり上の世代への反感や軋轢が文学的なレトリック機構を通して反映されたものなわけだが、そういう話をするのはプロ(社会学者とか文芸批評家とか)ばかり。一般のファンは、そもそもガンダムの特定の表現が何を意味しているのかという論じ方自体をしてこなかった。そういう状況を受けて、seedシリーズの「ナチュラル/コーディネーター」の図式が出て来たというわけ。…何を言いたいかわかるよね。

    さて、そろそろ締めたいんだけど、とにかく、『ガンダム』オールドシリーズのファンも、それを横目に疎外感を抱いてきた向きも、ええかげんいい歳をしている。今更多くは望まないけれども、そろそろ大人になって、何とか歩み寄りの努力をするなり、他の文化と割り切って棲み分けるなりしても罰は当たらないんじゃないですか?

    どっちもどっち、好一対だと思うよ、実際。

    *注:インドは日本人の想像を絶するほどの多民族・多言語社会で、言語・宗教・生活習慣の違う者と日常つねに遭遇しつづけなければならない。「夫婦の出身地が違えば、言語も違い、家庭の共通語は英語となる。さらに暮らしている地域の言語、学校の言語、両親の言語、恋人の言語も違うとなれば、日常的に五言語は使いこなさなければならない。結局、一番便利な共通語英語にローカルな言語の様々な表現、ニュアンス、語彙が紛れ込んでくる」(島田雅彦)。もちろん、この差異がしばしば暴力沙汰に結びつくということは皆さんご存じの通り。だから、上記のような態度をとっていては、疎外感からの救済どころか、下手をすれば命に関わりかねないのだ。


    【追記】
    どうも話が通じていないみたいなので、ちゃんと読者をするとはどういうことかについて、新たにエントリーを起こしました。(→「ちゃんと読者をするということについて」)これからこの話題について書き込み等をしたいという人は、最低限こちらを読んでからにしてください。

    もっとガンダムシリーズそのものに関する具体的な話を聞きたいという人はこちら(→「ガンダムシリーズ諸作品に関するメモ」)へ。

    【追記 2007.4.16】
    注を付加しました。
    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

    ◎シモーヌ・ヴェイユについて書いた過去のエントリー

  • シモーヌ・ヴェーユ「一叙事詩をとおして見たある文明の苦悶」読了
  •  →「秩序というものは〜」のエピグラフは、これとの関連でアップした。

  • 「根こぎ」にされたリベラリズム ------ ロールズと井上達夫の狭間で
  •  →一見わかりにくいが、こう見えてもメインはヴェイユ。

  • スキン変更に伴いエピグラフ追加:『重力と恩寵』より
  • →「安定だけが〜」のエピグラフについて。僕はヴェイユをほとんど社会/政治思想として読んでいる。

    ◎ヴェイユの著作
    重力と恩寵―シモーヌ・ヴェイユ『カイエ』抄
    重力と恩寵―シモーヌ・ヴェイユ『カイエ』抄シモーヌ ヴェイユ Simone Weil 田辺 保

    筑摩書房 1995-12
    売り上げランキング : 56226


    Amazonで詳しく見る
    by G-Tools

    自由と社会的抑圧
    自由と社会的抑圧シモーヌ・ヴェイユ 冨原 眞弓

    岩波書店 2005-03
    売り上げランキング : 27844

    おすすめ平均 star
    star根を持たざれば、人として
    star名著

    Amazonで詳しく見る
    by G-Tools


    ◎ガンダム・オールドシリーズ(とりあえずΖまで)
    機動戦士ガンダムDVD-BOX 1 特典フィギュア付(完全初回限定生産)
    機動戦士ガンダムDVD-BOX 1 特典フィギュア付(完全初回限定生産)矢立肇 富野喜幸 古谷徹

    バンダイビジュアル 2006-12-22
    売り上げランキング : 196

    おすすめ平均 star
    star統制のとれたランバ・ラル隊に感服する
    starやっぱりコアブースターよりGアーマーですよ!!
    star大人になって初めて解る味

    Amazonで詳しく見る
    by G-Tools

    機動戦士ガンダムDVD-BOX 2
    機動戦士ガンダムDVD-BOX 2矢立肇 富野喜幸 古谷徹

    バンダイビジュアル 2007-01-26
    売り上げランキング : 88

    おすすめ平均 star
    star懐かしい・・・
    star大人のアニメ(笑)
    starいいですよ〜

    Amazonで詳しく見る
    by G-Tools

    機動戦士Zガンダム Part I ― メモリアルボックス版機動戦士Zガンダム Part I ― メモリアルボックス版
    富野由悠季 飛田展男 池田秀一

    バンダイビジュアル 2006-07-14
    売り上げランキング : 2046
    おすすめ平均

    Amazonで詳しく見る
    by G-Tools

    機動戦士Zガンダム Part II ― メモリアルボックス版機動戦士Zガンダム Part II ― メモリアルボックス版
    富野由悠季 飛田展男 池田秀一

    バンダイビジュアル 2006-07-14
    売り上げランキング : 1799
    おすすめ平均

    Amazonで詳しく見る
    by G-Tools

    機動戦士Zガンダム Part III ― メモリアルボックス版機動戦士Zガンダム Part III ― メモリアルボックス版
    富野由悠季 飛田展男 池田秀一

    バンダイビジュアル 2006-07-14
    売り上げランキング : 982
    おすすめ平均

    Amazonで詳しく見る
    by G-Tools


    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

    Le courant des fois|時流 | 00:28 | comments(2) | trackbacks(0) | pookmark | |
    スポンサーサイト
    - | 00:28 | - | - | pookmark | |
    コメント
    from: 濃い目のガンダムマニア 2007-02-10 21:11:30   2008/01/09 6:17 PM
    (旧サイトからの転載コメント)

    >一般のファンは、そもそもガンダムの特定の表現が何を意味しているのかという論じ方自体をしてこなかった。
    >そういう状況を受けて、seedシリーズの「ナチュラル/コーディネーター」の図式が出て来たというわけ。
    種ガンダムがそんなに高尚な話なら、主人公の美少年美少女テロリスト達が世界指導者を武力制圧して死なせてめでたしって話で終わって良かったのだろうか?w
    ガンダムを評価する上でまず語られるのは単なる勧善懲悪劇ではなく戦争をアニメで描いた斬新さであり、勿論それは評価するところではあるのだけれども、ガンダムの本質的な魅力は格好良いMSと人間ドラマであり、SFや政治思想はそれらに箔を付ける添え物でしかないと思うのです。雑誌上でガンダムについて高尚な意見を掲げたり討論を交わしたりしてるおっさん達は金貰ってやってるからとりあえず格好良く小難しくやらざるを得ない人たちであり、居酒屋で1st世代が酒の肴にするのはザビ家のお家事情を小難しく語るよりもジオン軍の水陸両用MSのデザインの奇天烈さで笑いを取る方が健全かと。やって悪いとは言わないけれど、ガンダム全体からすると意外と大きいウエイトのネタでもないと思うのです。
    そして、ガノタ芸人のほとちゃんハブりは芸人としてのネタであり、ああいうオタ系ネタを扱った番組の狙いそのものでしょ。ガンダムというより知名度の高いネタでオタ共のキモさを抽出し放送して視聴率を稼ぐ。ゲーム脳やらエロゲーが性犯罪に〜うんぬんで話題作ってるあの業界のあまりキレイでない銭の稼ぎ方の1つでかないのです。あんなところでガンダムの世界観やら政治思想やらとくとくと語っても、語るシーンを早送りされて××経過〜とかテロップ入れられて、うわ、語っちゃってるよ、キモっとか編集されるがオチですし。
    ガンダムなんて所詮アニメだろ?ってのは富野監督御自身のスタンスですよ?

    from: よはん 2007-02-11 04:29:43   2008/01/09 6:19 PM

    (旧サイトからの転載コメント)

    >濃い目のガンダムマニア 殿

    ま、とりあえずいらっしゃいませw

    さて、どうやら誤読なさっているみたいなので一言申し添えておきますが、僕は本文にて(多分貴方よりも徹底的に)seedを批判しています。ナチュラル/コーディネーター」の図式がどれほど「ニュータイプ/オールドタイプ」の図式を平板化してしまったか、書くまでもないと思ったので省略しただけですが、それとも、わざわざ説明しなければならないことですか?

    また、僕はガンダムで政治を「語れ」などと言った覚えはありません。だいいち政治は単なる一例に過ぎません。名作だと思うなら、文芸や映画のファン等がやってきたみたいに、読解経験を血肉化し、時間を掛けて観るに値するものだということを(どんな分野でもいいから)態度で示せと言っているだけです。

    じっさい、たとえば貴方の書き込みを見て、あの長大な作品を見ようと思う素人がいると思いますか?いてもごく少数でしょう。だとしたら、僕が言った意味で「ちゃんと読者をしている」とはいえないということです。そして、そういう態度があのseedを生み出してしまったのです。

    もっと従来のファンがしっかり見る目を持っていたなら、あんなもの作れないでしょう。恥ずかしくて(笑)。かのシリーズはむしろ、これまでのガンダムファンコミュニティの文化的不毛を例証しています。要するに、彼らはああいう安易な反復を許す程度の水準しか形成できなかったということです。

    >ガンダムなんて所詮アニメだろ?ってのは富野監督御自身のスタンスですよ?

    ええそうですよ。たとえばΖに関して「こんなロボットアニメを見ていたらばかになるから、見るのはやめなさい」という逆説的なメッセージを込めたと。ところで、貴方はこのメッセージ通り、卒業しましたか?格好良いMSと人間ドラマとやらに入れあげ、専門用語を連発することが卒業したことになるとは思えませんが。

    因みに、僕はかの富野氏の態度は、いつまでも作品に拘泥していないで自分なりに消化して大人になれということだと思っています。

    あと、「アメトーク」については、心の底からどうでもいいので知りません。田幸氏はそれをネタに書いていますが、田幸氏は田幸氏です。僕は興味がありません。



    ■ところで
    追記です。さっき僕は「読解経験を血肉化し、時間を掛けて観るに値するものだということを(どんな分野でもいいから)態度で示せ」と言って、seedを産み落としてしまったガンダムファンコミュニティの低水準を指摘しましたが、だからといって万人が高水準の読解をすべきだなんて言うつもりはさらさらありません。総体として、ガンダムがきちんと文化として評価されるような機運が必要なのではないか、ということです。

    だから、「濃い目のガンダムマニア」殿は安心なさって結構です(笑)。「ニュータイプ」を世代意識と結びつけただけで「高尚」とか言い出すような人には別に最初から何も期待していません。安心してオタク談義に花を咲かせてください。精々、女の子に寒がられない程度に。
    コメントする









     
    トラックバック
    この記事のトラックバックURL
    http://nornsaffectio.jugem.jp/trackback/32