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藤島康介の詩学|第6項・軽やかな夏実、不自由な美幸、そして……
評価:
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《藤島康介の詩学・目次》


 承前。

 もう少し突っ込んで分析してみよう。

 『逮捕しちゃうぞ』の世界は、夏実・美幸・トゥデイの三者が集結することにより生まれ、離散することにより死に、再び結びつけられることにより再生する。最重要キャラクター・トゥデイは、そういう、世界の生誕と死と再生の原理として機能する場所として作者と読者の前に開示された。『逮捕しちゃうぞ』はまさにトゥデイという特異点における「結ぼれ」によりひとつの世界として開示されるわけで、その「結ぼれ」が現出する場を見届けることにより、僕たちは藤島康介という才能の実存論的な居場所を窺い知ることができる。

 後の話だが、藤島康介はこの三者について、自分にとって夏実は自分がこうであったらという理想であり、美幸はリアルな自分だという意味のことを言っている。辻本夏実というのは風のように自由な者であり、物理的必然性の枠を軽やかに超え出て行ってしまう「天使」なのだ。じっさい、彼女の怪力は「足ブレーキ」などというほとんど超現実的なことを成し遂げてしまう。一方、小早川美幸はというとどこまでもリアルに「人間」であり、すべては物質的、経済的、社会的な必然性の桎梏の中に閉じこめられ、軽やかに飛べない不自由な者として描かれる。「天使」たる夏実の軽やかさに比べ、重力に引かれた美幸の足取りは鈍く、重い。ふたりの存在する位相、あるいは行動の原理は、かくも懸け離れている。そのふたりが、トゥデイによって結びつけられる。

 じつは、『逮捕』のもつ爽快さの秘密はここにある。

 重力に引かれた美幸は単独では翔べない存在である。いわば、不自由の象徴だ。しかし、その不自由な彼女の手にはスパナが握られ、「結ぼれ」の原理たるトゥデイに「肉」を与える。そして、物質的な存在の基盤をあたえられたトゥデイには「風のように自由な天使」、辻本夏実が降り立つのだ。ひとりでは翔べない美幸は、トゥデイのドライバーシートにて「天使」と結びつけられることにより、ついに飛翔の足場を確保するのだ。それは重力による不自由な拘束から解き放たれた瞬間であり、『逮捕しちゃうぞ』ならではの爽快さはそこから生まれる。トゥデイは、その中心にいるのだ。

 先刻僕は、辻本夏実を天使に喩えた。ならば、単独では翔べず、トゥデイという「貨幣」を介して天使=夏実との結びつきを確保したときのみ解き放たれる小早川美幸は何に喩えられるべきか。22)一見どうでもよさそうな問いだが、実はそこが『ああっ女神さまっ』へと通じる鍵なのだ。

 美幸は夏実のような「翼」を持たない。だから、彼女は翔ぶために、いつでもスパナを握り、モノの生涯を慈しむ技術屋の流儀でメカにアプローチする。その果てに現れてくるのがトゥデイだ。ところで、これは見方を変えると、翔べない不自由をかかえた者のために軽やかな世界に通じる回路を開くべく、あえて「翼」を捨てた/持たなかったのだという風に見ることもできる。夏実が天使なら、美幸は苦しむ衆生のためにあえて濁世に身を投じる化生の菩薩といったところか。23)

 不自由な美幸は、既存の記号に囚われた人間の不自由の象徴である。美幸もどこまでも人間である以上、記号の外に出ることはできないだろう。しかし、彼女は技術という慈しみの流儀を知っている。彼女はその手腕により、トゥデイやバイクを整備する。そして、彼女に整備されたメカに搭乗する者は、身体感覚を通じた世界との対話を開始し、その限りにおいてのみ桎梏の外を垣間見ることができるようになる。それは、美幸自身を含めた搭乗者にとって、夏実的な「風のように自由」な世界に通じる回路である。

 もうお分かりだろう。『逮捕しちゃうぞ』において斯様に示された小早川美幸の実存論的な位置は、機械の声を聞く男・森里螢一へとそっくりそのまま移行する。そしてベルダンディーは、こうして美幸の流儀を引き継いだ彼の胸を吹き抜ける自由な風として、彼を軽やかな境域へと導くのだ。

 要するに、『逮捕しちゃうぞ』完結により見出されたのは、女神の女神性なのだ。いまや藤島康介の創作原理の中核をなす、「女神」の発見である。


第7項「媒介から隣の他者へ … 『女神』の発見」につづく

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22) 一番ピッタリくるのは「人間」だが、これでは比喩にならない。
23) あるいはイエス受肉の原理たるマリアか。どちらに喩えるかはたんに趣味の問題だろう。それにしてもマリアを想起させるとは美幸の母性も半端なものではない。実際彼女のこうした性格は、何十年も夫と連れ添った妻のような母性を発揮するに至る、青背表紙以後のベルダンディーに通じるところである。


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