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藤島康介の詩学|はじめに

 これよりアップするのは、僕が約5年前に某所にてネット公開した文章に、増補改訂のうえ新章二つを加えたものである。

 なにしろ約5年も前のものである。これを再公開するのは正直、躊躇した。それでもアップする気になったのは、先日読んで、約5年も経っているというのにその後読解や認識において本論考より大した認識や読解の深まりがないことが分かり、悔しくなったのと、それでも的はずれな読解ではなかったという程度の自信は持つことができたからである。そして僕は、あらためて藤島康介とそのふたつの代表作について再考し、批評を書くことにした。そしてそれは、かつて公開した文章の追加部分として書くのが適切と思われた。したがって今回、ほこりをかぶっていた旧論考に手を加え、新章二つを追加して公開するものである。

 しかし、ネットで読むにしては大変長い文章である。したがって、アップは分割して行うこととし、一斉アップとアクセスの便宜のため過去の日付のエントリーとしてアップすることにした。以下、本論考の目次である。


《目次》

1 作風の自立
2 『逮捕』の血脈1 … 全身の対話
3 『逮捕』の血脈2 … モノの生涯
4 ピリオド
5 トゥデイ
6 軽やかな夏実、不自由な美幸、そして……(新規執筆部分)
7 媒介から隣の他者へ … 「女神」の発見(新規執筆部分)

Intermission 『ドラえもん』との関係(新規執筆部分)



 尚、これはあくまで現在までの執筆部分であり、今後第8項以降が追加される可能性がある。その場合、適宜この目次に追加してゆくこととし、また、各項冒頭の括弧書きにおいて目次へのリンクを張っておくこととする。本論考を読もうと試みられる奇特な方は、そちらをご利用されたし。

 それでは、第1項からどうぞ。


   2007年4月27日


  よく晴れた月夜に 夜半



「藤島康介の詩学」 | 23:59 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark | |
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