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La ricerca della morale che non dipende da una cosa della trascendenza...
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『リアルワールド 』寸評
寸暇を惜しんで、というよりむしろ、寸暇を狙って読んでいた桐野先生の『リアルワールド』を読了。筆致の冴えは相変わらず。しかし、売れっ子であり続けるためには、五通りの文体の使い分け程度はこなさなければならないということか。

といっても、やはり癖というものは出る。冒頭、ホリニンナこと山中十四子の章を読んでいるあたりは、何か既視感があり、「あれ?」と思った。しかし、ユウザンが語り手になるあたりまでくると桐野ワールドがバッチリ決まってくる。何となく村野ミロを彷彿とさせるキャラだけに。

ところで、「リアルワールド」と言うからには、その「リアル」が何を意味するのかが当然問われてくるわけで、はじめのうちは複数の女子高生の主観描写を積み重ねて「彼女らの生きる現実」(=通俗的な意味での「リアル」)を描くという意味かと読者は思うわけだが、そう思った瞬間、読者は作者の術中に陥り、一介のワトスンとなってしまう。やがて、事件が五人の意図を超えたレベルで展開し、意図せざる結末を迎えようかという段になると、「リアル」に関する通俗的な共通了解は敗退することになる。「リアルワールド」はもっと巨大で不可視で不気味なものだったのだ。

高校生の視点から描かれたこの本は、いずれも読みやすい桐野作品のなかでも、とりわけライトタッチでアクセスしやすい本のひとつだろう。しかし、さりげない相貌の裏には、かの『ダーク』に勝るとも劣らない殺傷能力が隠されている。そこには確かに深淵がある。でも、それをじかに見るとおそらく目が瞑れてしまうので、きちんと蓋をしてとっておこう。(O)
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