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norns的小泉政権概評
(旧サイトからの転載)

Good evening. 久々の星空だね。

日付が変わって、今日は9月20日。日本人にとっては、政権与党の自民党が総裁選挙を行い、今夜にも新総裁が誕生する日、……と、そういう日でもあるね。現況からして新総裁はそのまま26日には新総理ということになる公算が大きいから、国民の関心は自然とそちらに集まる。そして、一週間後には、安倍晋三内閣が生まれるってわけだ。もちろん総裁選次第でまだどうなるかわからないけど、かなり高度の蓋然性があるといえる状況だね。

そうなると、いまのうちに現首相・小泉純一郎氏についてふりかえっておくのがいいんだろうね。もちろん、彼に関する評価はこの先長い時間をかけて定まっていくもので、それは時の女神nornsの扱う範疇のものだけれど、僕たち凡夫がちゃんと考えを定めておくというのもまるで無意味というわけではない。凡夫には凡夫なりの必要というものがあるからね。だから今日は、小泉総理と彼の政権の行ってきたことについて話すとしようか。

ところで、面倒なので、以下基本的に敬称は省略するよ。

といっても、政治ジャーナリズムとか政策論的な総括といった類のことは、すでに他所が飽きるほどやっている。おととい、NTV系で小泉政権のドキュメンタリーをやっていたけど、それもその一つだね。僕も観たよ。情報として目新しいものがあったわけではないけれど、それなりに面白かった。それにしても、田中真紀子のことを、あんな連ドラによく出てくるヤラレキャラの敵役キャリアウーマンみたいな描き方をしてしまっていーんだろうか。間違いなく「空気感」は出ていたけど。

閑話休題。ニュースの総括や政策論的評価などといったことは専門家がとっくにやっていることだし、そういうのを求めてこんな辺鄙なところに来る人もいないだろうから、あまりこだわらずにざっくりふりかえってみよう。

いしいひさいちが昔、それも小泉が厚相をしていた時分だから相当昔なんだけど、その時分に小泉厚相のことを「小泉口先厚生大臣」という風に呼んで揶揄していたことがあった。どうしてそんな昔の漫画表現を持ち出すのかって?小泉首相という人のことを考えるとき、僕はこの「口先〜大臣」という形容の仕方をいつも思い出していた。というのも、総理になって以降の彼の行動パターンも実に的確に捉えていると思ったからだ。

一部からすでに指摘がある通り、小泉純一郎という人は日本において近年まれに見る「政治的パーソナリティー」を備えた人だね。自分が政治家としてやろうと思ったことは、権謀術数を駆使してでもなにがなんでも成し遂げようとする。そういう執念みたいなものを、日常茶飯の振る舞いの中に身につけてしまっている人。こういう人は、民主政体下でなくても政治家をやっていただろうね。もっといえば、職業としての政治が成立していない社会であっても、何らかのかたちで政治的振る舞いをしていた人なんだろうと、そのくらいのことを考えさせるところがある。その意味でいうと小泉は、森喜朗等とは余程ちがった政治家にみえる。その功罪はともかく、本当に政治家に向いている人といえるわけだ。

実際、彼は郵政民営化関連六法案が参議院で否決されたことをきっかけに、衆議院を解散している。当時僕は参議院もここまで軽んじられる時代になったかと思ったけど、こういった様態の解散は憲政の常識からして非常識であるのみならず、議会制民主主義の論理に照らしても意味不明な選択なんだ。参議院を解散するわけじゃないんだからね。

しかし、小泉純一郎は純粋に政治的にものごとを考えた。解散・総選挙を経て世論の支持が得られれば、郵政民営化関連六法案を通すことができると、その見通しだけで、近代的議会制民主主義の論理を無視した。いや、無視できてしまったんだ。彼にとって、郵政民営化という政治目的のためには、そんなこと(!)どうでもいいことだった。それほど政治目的に殉じることができるという意味では、彼ほど政治家向きな政治家はいない。

ただし、それは彼の行動原理を外側からみた場合に限っての話。問題はその中身、つまり彼が何を成し遂げようとしていたかに関わるところにある。つまり、政治目的の持ち方だ。小泉は政治目的をどのようなものとして考え、また扱っているか。そのことを考えるとき、先の「口先〜大臣」という見方が生きてくる。

小泉純一郎は、たしかに目的達成のための強い執念を備えた「政治向きの人格」をもつ人だが、肝心の目的観念が弱い。いいかえると、小泉は目的達成にはものすごくこだわる人なんだけど、目的そのものは具体的な内実が欠けた「ただの記号」に過ぎない。目的が「軽い」んだ。

どうせここは辺境なんだから、はっきり言ってしまおう。要するに、小泉にとっての政治目的とは、たんに体裁に過ぎないんだ。「やる」と言ったことを「やった」とあとで言えるだけの形式的な条件さえ整えば、あとはどうでもいいんだ。なぜなら、そういう体裁さえ整えておけば、あとでやいのやいの言われても「俺はやったんだ」と強弁してその場をやり過ごせるからね。

いい例が靖国問題。彼は総裁になるとき、「自分が総裁になったら終戦記念日に靖国神社に参拝する」ことを公約した。これに関しては、いろいろな人がその政治的含意を忖度し、侃々諤々のイデオロギー論争をしてきたけれど、まあこの際それはいいよね。みんなよく知っているでしょう。とはいえ、話を進めるために一例を挙げて、「靖国参拝により中韓の反発を招いて極東の軍事的緊張を誘発し、その不安をベースとして憲法改正の気運を高めること/世論作りをすること」だとしておこう。だとすれば、ためらわずさっさと行けばよかったわけですよ。そのくらいの強引さは持ち合わせた人なんだから。でも、行かなかった。というより、終戦記念日以外とか「中途半端な参拝」が続いた。まあ、現実は厳しいからね。

そして、そのまま小泉の総裁任期が終わっていたなら、イデオロギーはともかく、政治的にはたんに彼の実行力の問題で済む。ところが、ここが最も彼らしいところなんだけど、小泉は任期終了の約一ヶ月前というギリギリになってから、駆け込むように「終戦記念日の参拝」をしたわけだ。もちろん、「もうすぐやめる首相」と化した人間の参拝なんて、パフォーマンスとしての意味はほとんどない。あるとすれば、あとで責められたとき言い逃れができるって事だけ。彼にとって、「終戦記念日の参拝」という公約/政治目的はその程度のものでしかなかった。

僕が例の「口先〜大臣」という形容を思い出したのはそんなタイミングでのことだったんだけど、そこから思い起こしてみると、これまで小泉が首相として行ってきた政策等は万事この調子なんだ。

たとえば、小泉の政治的立場はネオリベで、彼の構造改革路線はそれに基づいたものだとよく言われているよね。曰く、小泉と竹中の市場原理主義的な構造改革路線はホリエモンに象徴されるような拝金主義を招来し、格差社会をつくった、等々。

じゃあ、本当に彼らが市場原理重視で政府のスリム化を行ってきたかというと、そんなことはないわけで、かえって赤字を200兆円以上増やしている。その痛みはモロに国民に被さっている。……とまあ、ここまではよく言われるところだけど、実際はそれに先んじて企業の方に痛みは掛かっている。銀行の貸し付け実績が大幅に増えるでもなければもちろん消費不況下売り上げ増加もなく、それでいて保険料負担などは増えているので、企業は帳簿を見てカリカリするばかりになってしまった。そうして安易に人件費削減に走った企業はかえって体力を減耗、ますます状況は悪くなった。その結果企業の業績は回復しないわ、消費は冷え込んだまんまだわ、若年失業者やフリーターは念願の正規雇用に与ることも叶わないままタコ殴り状態だわで、行き着くところは治安悪化に社会不安ときている。それなのに数値上なぜか景気は回復、と。

つまり、小泉政権は一応ネオリベ的な政策を看板にしているけれども、実質、規制緩和により企業の経済活動が活発になるとか、労働市場が流動化して一度失業した者もすぐ再雇用に与れるようになるとかいう、市場主義のもたらす基本的な恩恵とはまったく逆のことばかり引き起こしてしまった。でも、ホリエモンみたいな考えの浅い人間が出てきたり、経営者が社会責任を忘れて会計帳簿ばかり気にするようになったとかいう意味では、ネオリベ的な政策を行ってきたように見える。だから、小泉の立場をネオリベと言ってもだれも疑問を差し挟まない。僕は大いに疑問だけど、それはまた別の話。加えて、なにより数値上なぜか景気は回復基調に見える。誰もそんなこと本気で信じていないけれど、関係ないわけだ。

まあ、こんなに話しておいて何だけど、この点にはあまり深入りしないでおきたい。力を入れたところで、所詮在野のペダンチストの判断を尊重してくれる人は少ないしね。とにかく僕から見れば小泉首相は、市場重視の体裁だけ整えようとして、日本社会の安定と実体経済を犠牲にしながら、それでもネオリベ・構造改革推進者・(数字上の)景気回復という「記号」だけは手にした。誰もその実質を信じていないけど、やった本人があとで強弁するための体裁だけは整った。そして、彼の目的はたんにそれだけだった。その意味で、小泉純一郎はまことに彼らしい政権運営をしてきたと思うよ。呆れるほどに。

……誰だい?まるで粉飾決算だとか言っている人は。僕はそこまでは言わないよ。

あと、今日は深入りしないけど、彼が拙速に皇室典範を改正して皇室の出自制度を不安定化し、ひいては日本のエスタブリッシュメント社会の根幹に致命傷を与えるというミレニアム級の失政をやりかけたことも忘れてはいけないね。まあ、当面の危難は去ったけど、そのヒヤヒヤ感はまだ払拭しきれていない。だいいち、皇統存続の危機というおおもとの問題が解決したわけではないから、この先いつ第二の小泉が出ないとも限らない。

さて、何がともあれ小泉純一郎の総裁任期はもう終わり。あと一週間もすれば、小泉内閣は総辞職し、安倍晋三内閣が誕生するだろう。そして小泉純一郎は、思いつきで広告コピーのような文句を口にしては悦に入り、攻められれば強弁して逃げるというもとどおりの小泉純一郎に戻る。天下太平事もなし……というわけにはいかないだろうなあ、残念ながら。

安倍さんがどういう首相になるのかはわからない。若いだけに、判断の基になる資料が少なすぎるからね。せいぜい、やたら妙に勇ましいことを言っちゃう人だくらいの印象しかない。しかしまあ、結果がわかりきっているだけに、明晩ニュースを見るのが気が重いことは確かだね、とりあえず。

やれやれ、また暗い話をしてしまった。
せめて今夜は、強い酒でも飲んで、ぐっすり寝よう。

それでは Good night.

◎参考:フリーターが語る渡り奉公人事情
http://blog.goo.ne.jp/egrettasacra


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