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La ricerca della morale che non dipende da una cosa della trascendenza...
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相変わらずの田幸和歌子
久々のエントリがこんなネタで恐縮なのですが。

http://www.excite.co.jp/News/bit/00091211730149.html
筆者も言っているように、今日調剤薬局が増えたのは医薬分業が進められた結果であることは周知の事実である。それは梅雨に「最近雨が多い」と言うが如き話でしかない。

それはいいのだが、気になったのはこの件り。


そもそも「半径○km以内に○軒まで」とか、そういったきまりはないのだろうか。
社団法人日本薬剤師会に聞いた。

「保険薬局を建てるにあたっては、特に○km以内に何軒……といったきまりはないんですよ。大病院の前に何軒もあることも多いですが、問題はありません。ただし、開設するための条件としては、広さなどが薬事法の『薬局等構造設備規則』という省令に定められています」


こういうところこそ、きちんと調べてほしいものである。

薬事法にはかつて、薬局開設の距離制限条項というのがあった。しかしこれは、国民の営業の自由を制限する内容でありながら「必要性と合理性を肯定するに足り(ず)」ないものとして、違憲判決が出ている。33年前の話である(最高裁昭和50年4月30日大法廷判決)。しかし、なんといっても稀少な違憲判決です。法学部を出た人間は皆知っています。

理想をいえば、ちゃんと分析を加えた読み応えのある記事を読みたいものだ。具体的には、医薬分業が進められた政策上の要請あるいはその背景となった社会情勢と、当該違憲判決の背景となった事情を比較分析し、時代の変化と今日の薬事政策のあり方を問うもの等。しかし、こういうのはプロでないと無理だろう。

まあ実際、そういうのは然るべきところには存在している。ただ、こういう人はそこまで調べたりしないという、それだけのこと。それで屋上屋を重ねているわけだが、それにしてもまったく分析がないのは頂けない。

そもそも距離制限をすべきと思っているのかどうかも定かになっていない。憲法で保証された営業の自由を制限してでも距離制限条項を復活させねばならない何らかの理由があるのか。あるとすれば、それは如何なる理由か。ていうか、それ以前に、距離制限が営業の自由と抵触するということ自体、ご存じないのか。

それにしても、この記事が書かれた趣旨は一体何なのか?報道的にはすでに様々語られている医薬分業について、いまさら僕や田幸氏がくどくど説明しても始まらないのは言うまでもないことだし。まあ、この人に思慮や分析を求めても仕方がないのは、前例もあることだし、わかりきったことではあるのだが。それにしても、(こちらの突っ込みエントリも含め)こういうのを今更発表する意味があるのだろうか?

……というわけで、田幸氏の記事は相変わらず参考になりません。
やはりこういうネタは、ネットでは駄目なんだろうか。









じゃあお前は何で読んでるのかって?何でいちいち突っ込むのかって?決まっている。ポータルに表示され、まちがってクリックしてしまい、目障りだから。

それに、こういうのが最低限の水準を満たしていないことを指摘しておくのも意味のないことではないだろうし。
Le courant des fois|時流 | 02:01 | comments(6) | trackbacks(0) | pookmark | |
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コメント
from: 通りすがり   2008/05/28 3:15 AM
私も同じように感じた記事ありました。どんどん言った方がいいですよ。適当な仕事して記者だライターだと言ってる輩を排除する為にも。
from: 野波   2008/05/28 11:15 AM
あなたはコネタというものの存在意義をおわかりですか。
from: よはん   2008/05/28 9:59 PM
それにしても、見事に好対照のコメントが付いたなあ(苦笑)。

>>通りすがり さん

ご訪問ありがとうございます。まあ、排除までする必要はないでしょうが、少なくとも、恥を恥と思う感受性くらいは捨てないでおきたいものです。「コネタ」の名の下に怠惰と無責任を正当化される現状はまちがいなくわれわれ日本人のためになりませんから。

>>野波 さん

コネタの存在意義、ねえ(失笑)。それ以前に、ネタの「小ささ」について小一時間ほど問い糺したくなりますが、まあ、ここでは二つだけ。

まず、今回田幸氏の触れている話は医薬分業の是非という社会的トピックスに及ぶものです。その背景には、薬漬け患者の問題などに象徴される現代医療の問題や、薬害事件を繰り返してきた薬事行政の不透明さの問題などが背景となっています。これは国民の生命・健康に密接に関連する話題であり、然るべき手順を踏んで慎重に扱われるべき大論点、いわば「大ネタ」です。これのどこが小さいのか。

次に、本件において、田幸氏は話者としての責任を果たしていません。それは別に学者やジャーナリストとして、ということではなく、普通の大人として無責任だ、という意味です。実際、薬屋が増えていいのか悪いのか、また医療と薬事が分離されたことを好ましいと思うのかそうでないのか、それすら表明されていない。そういうのを誤魔化したうえで「ねー増えたよねー」「わかるわかる」と幼児的な同調に与して思考停止する社会的無責任が「コネタ」の存在意義なのか。そうだとしたら、一体そんなものに存在意義があるのか。

……まあ、思いつきで書いてみましたが、一行コメントしか書けないような人にホンキで解答を求めようなどとは思っていないのでご安心を。他人のシュミにまでケチはつけませんから、安心して「コネタ」という”ゆりかごの代替物”でまどろんでいてくださいな。(参照→http://nornsaffectio.jugem.jp/?eid=33

最後に余計なことを一つ。僕が本文で言ったような感想を持つのは、「Excite Bit」のライターの中では、田幸氏だけです。他の人はみな、ネタの「小ささ」を弁え本当に罪にもならないネタを選ぶセンスをそれなりに持っていると思います。しかし、田幸氏だけはそれがなく、しばしばこうして小ネタのつもりで大ネタを踏んづけてしまうんですよねー。彼女だけは、笑って済まされない「きなくさい」ネタに不用意に踏み込んでしまう。しょーもない話です。
from: -   2009/06/26 11:35 AM
管理者の承認待ちコメントです。
from: -   2011/05/23 2:48 PM
管理者の承認待ちコメントです。
from: -   2011/10/14 10:40 AM
管理者の承認待ちコメントです。
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