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La ricerca della morale che non dipende da una cosa della trascendenza...
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土用丑雑感
先刻、ウナギを待ちながらアフタヌーン9月号を読んでいたのだが、そのなかで以下のような記述を見かけた。122頁である。


持ち味は直球より変化球。
豊田徹也そろそろ本領発揮?



7月号からはじまった豊田徹也の新連載、『珈琲時間』の最終頁の欄外下の言葉である。編集の方が書いていると思われるのだが、妙に既視感のある言い回しだ。


…と思ったら、僕の言葉だ、これ。


あきらめかけていた僕たちの前に投じられた一球は変化球だった。愚直に直球ばかり投げていた投手が故障明けの一球目に岩瀬仁紀ばりのスライダーを放ってきたら、普通なら面食らうところだ。ところが、今回の「スライダー」は、そういう違和感を全く感じさせなかった。それは、淡々とした作風や筆致が相変わらずだったということもあるだろうが、それ以前に、僕らは彼が変化球を投げられることを知っていたのかもしれない。そういえば、『アンダーカレント』でも、助平なサブじいの存在感は際立っていたし、うさんくさい探偵のバカらしさにもとても愛嬌があった。

http://nornsaffectio.jugem.jp/?eid=69

先の枠内の言葉は、この僕の記述と似ている。というより、同じことを言っているとしか思えない。僕の記述に対するレスとみることさえできる。だからといって別に僕は怒るでも喜ぶでもなく、ただ「おー、同じだ」と思っただけなのだが、それでもやっぱり、こうやってニュアンスまでバッチリ一致した記述が出てくるとある程度の衝撃は受ける。参照されたなら誇らしいことだし、偶然の一致だったらもっと驚く。なにほどか直観的な部分に関わっているような気がして。

まあ、われながらごくありふれた比喩だし、似たような言葉が使われていたからって別に不思議はない。まして編集の人が僕の記事を読んだという確証はないし、じっさいその確率も低いだろうけれども、否定はできないわけよね。いや、実際多いんですよ。「豊田徹也|スライダー」で検索してここに来る人って。

とはいえ、やはり多くの確率で偶然の一致だろうとは思う。そうなると、想像力の一致を仮想するしかないわけだが、そのバックボーンにあるのはやはり、これまで使用されてきた言い回しの集合、いわば日本語の集蔵体ともいうべきものなんだろうね。言葉というのは僕らが思うよりずっと深く共有されているものなのだから、たまーにこういうことは起こりうるというわけか。

以下雑記。

毎日新聞問題については、20日の謝罪・報告記事によりようやく解決の端緒に就き、ひとくぎりしたということで、ここでは原則これ以上書きません。今後よほどヒドイ展開をして因果関係が中断でもしないかぎり、これ以上コミットする理由もありませんし。

といっても、ウォッチは続けていきます。その経過については、僕のはてなブックマークへリンクを作っておきました(LINKS欄参照)。それで十分でしょう。

因みに、見てわかるとは思いますが、このことも含めて当ブログはいろいろテコ入れを行っております。まあ、ちょいちょい変化を加えていけたらとおもっています。

特に、ここでエントリーを起こすほどでもないほど他愛ないことについては、とりあえずログピに書き散らしていきます。つまらないものですが、更新は本欄とは比較にならないくらい頻繁ですから、よろしかったら御覧ください。 (了)




アンダーカレント アフタヌーンKCDX
豊田 徹也
4063720926

Un passage fragmentaire|断章 | 21:09 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark | |
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