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La ricerca della morale che non dipende da una cosa della trascendenza...
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もうひとつの「9.11」 / Another 'September 11'
(旧サイトからの転載)

Good evening. 静かな夜だね。

今日は9月11日。「9.11」の日だね。

「9.11」といえば、現在ではちょうど5年前の、世界貿易センターと米国防総省に航空機が突っ込んだ、いわゆる「同時多発テロ」をさすことになっているね。でも、南米に行くと、ちょっと事情が違ってくる。

どういうことかというと、1973年の9月11日には、南米の、特にチリの人たちにとって忘れられない「忌まわしい記憶」が刻まれた日でもあるんだ。まあ、僕自身、先刻余丁町散人の指摘を目にするまで失念していたのだから、あまり偉そうなことも言えないんだけど。

え、もったいぶるなって?そりゃそうだ。

1973年の9月11日、チリで何があったか?この日、サルバドール・アジェンデ大統領が殺されたんだ。アウグスト・ピノチェト将軍率いる軍事クーデターでね。そして、この軍事クーデターは成功し、ピノチェトは大統領に就任した。以後、ピノチェトは、1990年まで実に16年近く、チリの国家元首であり続けた。

ところで、軍事クーデターによって成立した政権がどういった性質のものになるか、これにはパターンのようなものがある。まあ、自然科学のような確実性を持った法則ってわけではなく、せいぜい蓋然性があるというに止まるんだけど、とにかく、軍事クーデターが導く政権はだいたい決まっている。軍事独裁政権だ。

考えてみれば当たり前だよね。ある政権が国をまとめるためには、国民が自発的に従うためのきっかけ(自発的服従の契機)がなければならない。つまり、革命政権が国民に正統性を認められることがなければ、そもそも国民は言うことを聞いてくれないから、結局反革命勢力(旧勢力や対立組織など)に政権を再び覆される危険性が高まる。だから、新政権は何らかのかたちで国民の服従を勝ち取る必要があるんだけど、軍事力にものを言わせて打ち立てた政権には、何があるだろうか。軍事力しかないよね。

ともあれ、チリのピノチェト政権は歴史の例に漏れず、軍事独裁政権となった。その長き支配の下にあったチリでは、ピノチェトが政権を追われる1990年に至るまで、数千人にも及ぶ政治犯が処刑された。これも例に漏れない。

ところで、軍事独裁政権というのは、政治的基盤が強くない。なにしろ、国民からすれば、この政権に服従するのに軍事力以外の理由があるわけじゃないから。中世に南仏カタリ派の王国を滅ぼした北仏の諸侯たち(カペー王朝が中心)には、カトリック教会のお墨付きという宗教的権威があった。中国の革命には、湯武放伐論に支えられた易姓革命の思想があった。これらの勢力も旧勢力に対して現代のクーデター顔負けの残酷なことをしているんだけど、その後国土は安定している。しっかりした自発的服従の契機が機能していたからだ。でも、軍事独裁政権にはそういう「信仰」といえるほどの権威がない。力しかない。だから、力の源泉がなくなれば、倒れてしまう。

そういうわけで、ピノチェトが独裁者の地位に就いていられたのも、あるビッグな力の源泉があったからなんだね。それは何だろうか?

とても簡単。アメリカだね。そもそも軍事クーデターってのは、国の正統権力を相手に闘うわけだから、外国のバックアップなどがなければ成功しにくい。兵站線を押さえられたらおしまいだからね。ピノチェトの場合、アメリカCIAの支援を受けていた。もっといえば、そもそもアジェンデ政権が倒されたこと自体、アメリカの意向によるところが大きいんだ。

アジェンデ政権というのは、じつは史上初の、選挙によって選ばれ成立した社会主義政権だったんだ。時は米ソ冷戦の真っ只中。アメリカはこれをとても恐れた。だから、CIAの工作によりこれを倒したというわけだ。このことは、その後機密扱いから外されたCIAの公式文書によっても明らかになっているくらいで、国際政治をウォッチしている人間ならいまや誰でも知っていることだね。かくてアメリカの望み通り、ピノチェトのクーデターは成功した。ところが、やったあとやりっぱなしにするのもアメリカらしいところで、ピノチェトが大統領になり、明らかに圧政をしはじめたときになっても、何もしなかった。できなかったんだ。冷戦があったから。結局、冷戦が終結する1990年まで、アメリカはピノチェト政権を黙認していた。

ところが、皮肉なことに、冷戦終結がピノチェトとアメリカの縁の切れ目だった。結局彼は、アメリカに見放されるかたちで大統領を辞任した。

現在、ピノチェトに対しては、「軍事独裁政権を敷いた冷酷非情な独裁者」と言う見方が大勢を占める。だが、一方では「アジェンデと並ぶアメリカの犠牲者」と言う同情的な見方もある。ピノチェト失脚後、アメリカとチリとの関係は悪化しており、チリ国内外には、「アメリカがチリをダメにした」「ピノチェトはアメリカの捨て駒であり、被害者だった」と、かつてピノチェト政権を影ながら支持したアメリカの責任を問う声も多く出ている。(Wikipediaより引用)

結局、アメリカの意向にただ翻弄されたチリの治安は荒れに荒れ、経済も低迷しつづけた。いや、チリだけじゃない。サンディニスタ左派政権と対立関係にあったソモサ派を支援して慢性的な内戦を導いた中米ニカラグアの例を筆頭に、アメリカは中南米諸国家に対する主権無視の内政干渉を恒常的に繰り返し、ラテン・アメリカの構造的貧困をプロデュースしつづけている。まあ、あとについてはノーム・チョムスキー先生の出る幕としようか。

ところで、ここまでチリの来た道を辿ってみて、なにか気付くことはないかな?

そう、似てるよね。イラクに。

そもそもフセインだって、反ホメイニのためアメリカが支援した軍人だった。彼にイラク一国を与えてホメイニ率いるイランと戦わせた(イラン・イラク戦争:1980〜88)んだけど、フセインが言うことを聞かなくなるや、難癖を付けて潰してしまった。やることは一緒ってわけだ。イラク戦争をさして、「米州でやっていたことを中東に輸出しただけ」というのは、事情を知っている人が皆認めるところ。反共防波堤という目的がなくなれば、資源確保、ドル圏防衛。こうした大国の都合に翻弄されつづけ疲弊し尽くした中南米は、グローバル化の最たる犠牲者といえる。僕はいたって穏健な共和主義者にすぎないけれど、こういう事情を見聞きすると、やっぱり「搾取」ってあるんだなあとつい思ってしまうね。

ところで、中南米といえば麻薬の蔓延だけど、これもじつはいま言った事情に深く関わっている。というのも、中南米は構造的に、アメリカによって資源を安く買いたたかれる立場にあるから、外貨が慢性的に不足している。工業は先進国にかなわないし、アンデスのやせた土地では農業もままならない。よって、唯一栽培可能な作物・コカに頼って外貨を稼ぐことになるってわけだ。ペルーで毛沢東主義過激派センデロ=ルミノソが一時期力を持ったのは、彼らのマオイズムによる農地開放路線が、コカ栽培に依存する貧農層の支持を集めたためとも言われている。そして、田舎はゲリラの実行支配地帯でコカインの原料が栽培され、都市に行けば田舎でできたコカインを餌にシンジケートに隷従させられる売春婦で盛況という何ともアレな世界ができあがってしまった。もちろんそのコカインは貴重な外貨獲得の手段だから、アメリカをはじめとした世界中に輸出される。こうして成立した麻薬の南米ルートは、1990年代、世界の闇の流通路を大きく変革したと言われているんだ。

…まあ、このあたりの詳しい事情は、僕の好きな遠藤浩輝『EDEN-It's an Endless World!』でも読んでみるといいよ。こちらの世界は2112年、本来ならドラえもんが生まれるはずの年だけど、『EDEN』が描く南米はなまなましく現代的だ。

さて、夜更けに暗い話をしてしまったけど、じつは本当に僕を暗澹たる気分にさせるのは、僕たちに彼らを「かわいそう」と言う資格がないということなんだ。だって僕たちは、あのアメリカの尻馬に乗ることによってたらふく食べているんだから。

…ああ、こんな話をしている間に、「9.11」が終わってしまった。マーヴィン・ゲイの"What's going on"を流しっぱなしにしていたせいだな。時間を忘れてしまった。

次回こそ明るい話題にしよう。あまりこういうことを書くと、僕が左翼社会主義者か何かなのではないかと疑われてしまう。あくまで僕は公民的共和主義の可能性に賭ける穏健な青年にすぎないってのに。

じゃあ、この素敵でくそったれな世界を想って、眠るとしよう。 Good night!

P.S.
余丁町散人様、いつも楽しく読ませていただいております。しかし、ピノチェト政権について「米国型自由主義経済システムの導入でチリはみるみる良くなるはず」とされたり、実際の経済低迷の原因を「いったん社会主義化されてしまうと、その体質が染みついてしまうのだ」と断じておられますが、経済的観点から言えている部分はあるものの、やはり当国の政治情勢やポストコロニアルな状況も考慮しなければ不十分なのではないでしょうか。以上、若輩者が失礼しました。

◎参考1:捨てられた独裁者ピノチェト/田中宇
http://tanakanews.com/a0309pinochet.htm

◎参考2:ピノチェト事件を追う(上)スペイン当局による身柄引き渡し要請、英国からの帰国まで
http://www.chunambei.co.jp/pinochet-1.html

◎参考3:ピノチェト事件を追う(下)=チリ帰国後のピノチェト動向:2000年3月〜=
http://www.chunambei.co.jp/pinochet.html

◎参考4:南米紀行/らくだジャーナル
http://www.rakuda-j.net/tabi/nanbei/index.htm

◎参考5:The Pinochet File/The National Security Archive --- The George Washington University(2006.10.8リンク追加)
http://www.gwu.edu/~nsarchiv/NSAEBB/NSAEBB110/

 iTunes Music Store(Japan)

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